小説 | ナノ


「やっほ〜」


我ながら、何と間抜けな挨拶か。

けれど、おはよう、とか、ご機嫌よう、とか、そんな言葉をかけた所で意味はなくて。
返事を求めたって、虚しくて。

だから堅苦しい言葉をかける間柄でもなかった訳だし、やっぱりこんな感じでいいんだろうな、なんて小さく笑って腰を下ろした。
目の前には、たくさんの名前が刻まれた石碑。
真新しく刻まれたばかりの文字達は、いやに浮き上がるように目について、思わず目を細めた。



かさり。


持ってきた小さな花束をそっと置いて、右手を心臓に添えた。






「…来てたのか」




ふいに背後から声がして。
振り返れば、いつも通り綺麗な兵服に身を包んだリヴァイがいた。



「…あら、ご機嫌よう」
「気持ちわりぃ」



眉間にしわを寄せたまま、すかさず怪訝な顔をされてしまった。

そうだった。
私たちはこんな挨拶を交わす間柄じゃなかったんだった。

…けれど、当たり前に返事が返ってきたことに安堵した。



「いやー、生きてんだなぁって思って」
「…何だ、そりゃ」



ハッと鼻で笑いながら、リヴァイは隣に立つ。

そっと見上げれば、その精悍な横顔がよく見えた。



「花くらい持ってくれば良かったのに」



どことなく手持ち無沙汰そうなリヴァイの手を眺めながらぼそりと零せば、慰石を見つめていた視線が私に下りてきた。
そのいつだって鋭い眼光は、今は、少し鈍く、柔らかい気がした。



「…キリがねぇだろうが」



そして同じようにぼそりと返してきた言葉に、そーだねと言うしかなかった。

私たちは、常に、死と隣り合わせに生きているから。
だからこそ、怯えることも、哀しむことも、立ち止まることも、出来ないのだ。




「それに、意味がねぇ」



そして、今度ははっきりと。
言いきったその言葉にまたしても、そーだねと返すしかなかった。

キリがないとか、意味がないとか、本当に粗暴な彼らしい。
だけど、長い付き合いで分かってる。



だって、



「だって、皆ここに居ないもんね」



そう零せば、リヴァイは小さく、そうだ、と言った。


彼らだけじゃない。
人類のためと、自由を唄い壁外を目指した者の多くが、戻ることなく外で眠っているのだから。
取り残されているのだから。

その身も骨も、こころも。




だから私たちは。



「死ねないねぇ」
「死なねぇよ」



だからこそ、何度だって外に出るのだ。
そうして彼らを置き去りにしてでも、生きて戻ってくるのだ。


それが私達に出来る唯一だと信じて。




「奴らを、絶滅させるまで、絶対にな」




静かに厳粛に言い放ったリヴァイを見つめる。

力強い、その言葉に。
見据える、真っ直ぐな瞳に。

彼の背負うものを垣間見た気がした。




「…リヴァイが死んでも、私は戦い続けるよ」
「…てめぇが死ぬことはあっても俺が死ぬことはないから安心しろ」
「最低だ」




ひらり、と花びらが一枚風にさらわれ宙を舞った。


真っ赤なそれが青空を、風に乗って流れてく。


そのまま壁を越え、木々を抜け、彼らの元へたどり着けばいいのに、なんて。
未だ、あの場で眠る彼らを思った。








進め、
もがいて、あがいて、いつか来るその日まで





clap?







(2012/6/17)