過呼吸


隣に立っていると時々不安になる。ここに在る権限なんて存在するのか。でも、確かめるのも不安で仕方がないから、ちっぽけな嘘でお前を困らせる。口許を吊り上げて、笑って。笑って。笑い続けて。どうしようもなくなったら、お前にオレの気持ちをちょっぴりぶつけるんだ。そうしたら、心に巣食う靄がほんの少し晴れた気がして、またちゃんとふざけながらお前の隣にいられるから。


「八束…?」

それは昼間、ベッドまで行くのも億劫で、片桐は散らかった部屋で雑魚寝をしていると、扉の開く音がした。扉が閉まって、足音がこちらに近付いてくる。随分と荒々しい足取りで、しかしそのリズムは片桐にとって心地の良いものだった。見知った気配がすぐそこまで来ている。出迎えたりもしないし、閉ざした瞼を開くこともしない。相方の帰還だというのにも関わらず、寒さに弱い片桐には今の気候はとても過ごしやすく、快適で、容赦なく睡魔が手招きしている。要するに、眠いのだ。足音が自分の横で止まって、トン、と軽い振動を感じた。どうやらその相方は、片桐の傍らで腰を下ろした様子。少しして、動く気配。きっと、寝ているであろう己の顔を覗き込んでいるのだろう。起きてるよ、バカ。そう言いながらからかいたい。そんな衝動を抑えながら、もう少し、もう少し。近付いてくるのを待った。……よし。瞼を開いて、視界で認識する。驚いて目を丸くした有本が、そこにいた。
慌てて顔を離そうとする有本の肩を持って、景色を逆転させる。片桐は上体を起こし体を捻って、有本を床に押し倒した。突然の一片の予想もしなかった彼の行動に面食らい、唖然とする。
してやったり。片桐は目を細めて、まるで子供のように笑った。そして次に、悪戯を含んだ口調で発言しようとした。
しかし、そうならなかった。

(なんで、)
片桐は、有本の首に両手を添える。
(なんで、)
両手に、徐々に力を込めた。
(止めろ、そんなことしたくない)

自分自身、自分がしていることが理解できない。分からない。脳が追い付かない。それでも必死に目の前にある情報を処理しようと試みるが、それすら失敗に終わる。

「ッ…」

有本が苦しそうに顔を歪ませる。頼むからこの手を振り払ってくれ、オレを止めてくれ、口にしたくとも喉が焼ける様に熱くて、痛くて、言葉にならない。けれど有本は何もしようとしない。更に腕には力が入っていく。張り詰める焦燥感に、心臓が激しく胸を叩く。
このままでは本当に呼人を───。

「だ、い、じょうぶ、だ、やつ、か…」

片桐は、目を見開いた。

「だい、じょ…ぶだ」

掠れた声で紡がれた言葉というには不完全な音の集まり。何が“大丈夫”なのか。大丈夫じゃないだろう。証拠に彼は苦し気に息を吐いている。己に優しさなど不要なのだ。投げ捨ててしまいたい程に酷く心地好くて、暖かくて、そして悲しい。己に向けられるべきではない感情。

片桐は笑う。片割れの仮面を纏って。








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もちゃさんに書いていただいてしまいました…!
余裕っぽく構えているのに、唐突に情緒不安定な片桐がなんとも理想的です。
有本くんの天然っ子でありながらお兄ちゃんな感じも可愛いです///どすどす歩いてるのめっちゃ和みました///

もちゃさん、素敵なお話をありがとうございました!


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