人殺しの話
ぼくは自分が好きだった
そしてあまりにも好きすぎて大嫌いだった
だからある時、自分を殺そうと
自殺、しようと思った
でも無理だった
怖かったのだ
自殺について色々考えていたら、「自殺」とは自分から死ぬことであるのに漢字では自分を殺すと書いてそれでは自分は人殺しの犯罪者になってしまうではないかと思って
思い始めたら怖くて怖くて何もできなくなってしまったのだ
…と、傷ひとつ無い自殺未遂をした翌日のぼくは思い込んでいたが、本当はただ単に痛いのとか苦しいのが怖くて自分が大切なだけだった
それが情けなくてもっと自分を嫌いになったけれどやはり自殺は怖かった
そうして迎えた空っぽなある日
非力なぼくはついに神様を頼ることにした
(どうか今現在のぼくとつながる全ての人間を殺してください)
全てをかけた皮肉だった
今ぼくとのつながりがある人間なんてぼくしかいない
一人暮らしで家にこもりっきりで友達はおろか知り合いすらいないぼくにつながりなんてある訳がなかったのだ
ぼくが切った
ぼくはマラソン大会の日に雨を降らせてくれなかった時も一度も話したことはないけれど大好きだった女の子に恥ずかしい手紙を渡してゴミ箱に捨てられてしまった時もお前なんかくたばってしまえと思ったが、今回ばかりは奴を本当に信用しようと思っていた
…いや逆か
今回もまだ懲りずに神様なんかを信じているのか
(ぼくはもう生まれ変わる気も幸せになる気も不幸になる気もないから、最後の我が儘だと思ってきいてくれよ、きいてください)
本当だった
もう良かった
だから空からYESという音が降ってきた時、ぼくは数年ぶりに笑った
やがて全てを貫く天からの光線が地上に届いてぼくの真横を滑っていった
すれ違う際に伝わった感じたことのない類いの熱気が、これでようやく終われるよと呟いた気がした
光線はぼくが今までに通った道を滑る
ぼくがすれ違ったことのある人間が焼けた
ぼくが乗った満員電車に乗っていた「満員」が焼けた
ぼくがテレビをつけた時に偶々映っていた
ぼくがラジオをつけた時に偶々喋っていた人間が焼けた
身内も焼けた
小中学校と高校と中退した大学の教師と生徒が焼けた
人間が焼けた
「そんな」
ぼくはただ突っ立って見ていた
そんなそんなぼくはこんなと呟きながら
「こんなのは違
ぼくも焼けた
熱すぎて冷たく感じる光の中で、震える唇と猫背がとけていく
ああ
何もない空間にぼくはいた
何もないということは当然ぼくもないのだからぼくがそこに「いる」のかは定かではないが
ぼくはここに「ある」らしかった
きっとぼくは死んだのだろう
そして生まれ変わる気はないと言ったからこういうことになっているのだろう
ということはここで漂っているのが今後のぼくの在り方なのだろうか
それでもいい
いつか何もかも忘れて感情も思考もなくなってしまうだろう
先程の人々には悪いことをしたがそのうちに罪悪感も感じなくなる
…それに、ぼくはあの時世界の終わりのような光景を目の当たりにして恐れおののくと同時に、どろりとした暗い喜びを感じてもいた
ーぼくにはあんなにつながりがあった、ぼくはひとりではなかったー…
目覚ましのアラームが鳴っている
ぼくは反射的に腕を伸ばしてやかましいそれを黙らせてから自分に腕があることに気がつき、数秒の後先程までの出来事が夢であったのだと知った
起き上がって外を見ても地面に焼け跡など残っておらず、普段通りの青空が広がっていた
ぼくはそうか、と思った
神様はぼくにあの夢をみせることによって、ぼくは一人じゃないんだと教えてくれたのだろう
ぼくにはつながりがある
ぼくは生きている
顔を洗って服を着替え、残金の少ない財布をジーンズのポケットに捩じ込んで外に出る
飯を買って求人誌でも探しにいこうと思った
外には誰もいなかった
ぼくがいつも行くコンビニも閉まっているし電車も動いていないようだった
母に電話をかけてみた
通じなかった
がらんとした駅前通りを歩いて電気屋の入り口に置かれた高そうなテレビを見た途端、両足ががくがくと震えだした
ぼくは遅すぎた
気づくのがあまりにも遅すぎたのだ
ぼくは一人じゃなくなかった
一人だ
今まで生きてきた後ろの人生ですら一人になってしまった
ぼくはどこまでもひとりだった
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