列車ははしる、



電車が通過する瞬間を狙って線路へ身を投げたのは、もう三年も前のことだった

何もかもが嫌になって死に逃げようとしたがそんな甘い考えは許されなかった

その証拠に、なんでか俺は生きている


そしてあの時覚悟したはずなのに感じた壮絶な恐怖のおかげで、もう自ら命を絶とうなどとは考えられなくなっていた

嫌だと思っていたこともなんとか適当にやり過ごし、まあ人並みに地味で普通で平和な生活が続いている

「変わったね」

ある時、久しぶりに合った元彼女が笑った

「そうかな」

「そうよ」

「どこが?」

「前髪切ったよね」

「君と最後に会ってから十数回は切ってるさ」

「全然会ってなかったものね。でも変わったのは前髪だけじゃないわ」

「どうせ老けたとかいうんだろ」

「ううん、見た目のことじゃないの」

俺は彼女の顔を見つめ直した
形のよい唇の端が少しつり上がっているのが見えた

決してそれが嫌みっぽかったとかいう訳ではない、むしろ柔らかい印象を覚えたのだが、なぜか、本当になぜか、俺は彼女の言葉の先を聴くのが怖くなった

なにかを見透かされているような気がする

「昔はもっと沢山困ったり笑ったりしていたでしょう?」

「そ、」

「悩むの止めちゃったんだね」

脳髄を鋭いものに貫かれたような衝撃をうけた

同時に大変重要なことに気がつく

「ごめん、ありがとう」

彼女がどう致しまして、と花が咲くように笑ったので、俺はあまり履き慣れない革靴に足をもつれさせながら走り出した


ばった、ばた、ぱたんっ、という不規則な足音がやけに大きく聞こえる

あの駅のあの場所までもう少しだ

定期券を出す時間も惜しい、早足で歩く会社員の後ろについて改札を抜ける


そうして俺はあの場所に立った

ああ今なら見える、線路の一部分だけが淡く輝いている

俺はこんなに沢山魂を置いてきぼりにしていたのだ、あの日からずっと、ここに


吸い込まれるようにして線路目掛けて跳ぶ。まるであの日のようだが違う、電車は来ない

暖かい光が身体に溶けていく

あの時は心の底から捨てたくて仕方なかった、忘れていた幾つかの感情が帰ってくる

(思い出したんだ、全部)

人が落ちたとホームの人々が騒ぎ出すのを背中で聞きながら、俺は涙を流した



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