ホットケーキの話
ある休日のこと
最近結婚してからなかなか顔を見せなかった姉が、久しぶりに俺の家に遊びにきた
男ひとりの生活空間、足を踏み入れた瞬間に、相変わらず臭いと叫ばれた
それから俺がなにか言う前にずかずか上がりこんできて、しょうがないわね、とか小言を言いながら部屋を片付け始める
「ベッドの下も掃除機かけなきゃ駄目じゃないの」
「あ、ま、待てよ」
まさか姉にエロ本を披露する訳にはいかない
俺は姉から掃除機を奪い取り、掃除に参加した
しばらくそうやっていて気がついた
いつの間にか俺ひとりで掃除している
なんということだ
すっかり綺麗になったキッチンでは、姉が何かを焼いていた
甘いにおいが漂う
「かずくん、ホットケーキできたよ」
「なんだって!」
姉は料理が極限に下手くそだ
焼く料理なんて、まず成功したためしがない
慌てて使い古した鉄のフライパンを覗き込んでみたがそこにあったのは、まあるくて優しいきつね色だった
「なかなかでしょ?あたし、結構うまくなったのよ、ほら」
できたてのホットケーキをひと切れさしたフォークが渡される
それはどんな言葉よりよく伝わる報告だった
幸せの味がした
そうか、姉はこんな幸せな日々を送っているのか
暖かくて甘い
良かった、愛するひととふたり、何事もなくやっていけているようだ
安堵して顔の力を緩めると、ほんの少しの寂しさが視界を滲ませた
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