魔導師と太陽の少年


少年が図書室の扉を開いた時、魔導師は埃っぽい床に胡座をかいて座り、読書をしていた。
テーブルも椅子もあるのだから使えばいいのに、と少年は思った。折角買った家具が勿体無いし、床に座ったりしたら洗濯物が増えてしまう。

「なんだよ、今集中してるんだ」

少年が文句を言う前に、魔導師はそっぽを向いて目線を紙面に落としたまま言った。独り言のような口調だったが、彼が他人の気配を感じ取った上で発言していることも、そういう器用なことをやってのけることも少年はちゃんと知っていた。

「何読んでんの?」
「さっきまでは能力者に関する記述と初歩的な焔を司る魔法陣について、というのを読んでいた。その前にはいつものように例の化け物の手がかりになるような資料を探していたな」
「へえ、…で、今は?」
「…おいしいオムライスの作り方」
「じゃあ手元に重ねてあるのは?」
「集まれ☆世界のメロンパン」

少年は「☆」じゃねえよ、などと言いながら笑った。肩と橙色のつんつん頭が一緒に揺れる。

「なんで笑うんだよ」
「…ふふ、だってさあ、そんな淡々とした口調で言われたらっ…」
「お前…笑いすぎたろっ!」
「えへへごめんごめん、あははは…ひぎゃっ!?」

床に座っていた魔導師は急に起き上がって身体の向きを変え、爆笑している少年を所謂「お姫様抱っこ」で抱きかかえた。

「なっ、なにを」
「…今からお前を死ぬほど恥ずかしい目にあわせてやる。覚悟しろ!!」

慌てる少年を無視して、魔導師は体勢を崩さずに窓へ向かってダッシュし、ガラスを体当たりでぶち破って外へ出る。

「何してんだよあんた!!あの部屋に窓つけてもらうのにどれだけ費用が必要になったかー…」
「黙れちび!!」
「ちびじゃない!!僕は今後に期待できるちょっと小柄な体型なんだよ!!潜在能力は未知数なんだよ!!」
「多分もうそんな伸びねぇよ」
「だあああああさらっと言うなよ!!」
「それより」
「、」

にやり、と魔導師が笑う。
「ちび」に過剰反応していた少年は、やっと自分の置かれている状況を思い出して周囲を見回した。
今居るのは自宅の図書室の窓の外。近所の人々が白い目でこちらを見ている。

「あ、あの、そろそろ降ろし」
「今から自宅周りをお姫様抱っこで全力ダッシュ★ご近所様もドッキドキ★的な拷問を行う!!」
「え…えええっ!?」
「どうだ、最高の拷問だと思わないか?」
「いやいやそうかも知れないけどさ、それ実行したらあんたも一緒にご近所様の冷たい視線を浴びることになるんだよ?」
「大丈夫おれは既にそんな感じだ!!」
「マジで!?」
「この間うどん屋で食い逃げしたり八百屋でトマト盗んだり焼き芋食い逃げしたりカレー屋で食い逃げしたりしたからな」
「食い逃げばっかりじゃねえか!!」
「えへ」
「気持ち悪いよ!!」
「なんだとお!?ちびの癖に生意気だな!!」
「だからちびじゃないって言ってるだろっ!!」

ちびだのなんだのとぎゃあぎゃあ言い合いをしていた二人だが(お姫様抱っこのまま)、やがて少年の方がこのままでは一向に話が進まないということに気がついて話を切った。

「はあ、もういいや…なんかすっごい疲れた」
「ほう、やっと自分がちびであることを認めたか…」
「認めてない!!言っても無駄だと解釈したんだ!!」
「へえ…まあ、何にせよ今からご近所様ダッシュを実行することに変わりはない」
「………」

少年は黙り、魔導師が走る準備をするように彼を抱き直す。
無駄に格好いい動きだった為、少年は少し苛ついた。

「さて、出発前に何か言いたいことはあるか?」

何を言っても運命は同じだがな!と付け足して、魔導師は少年の言葉を待った。
すると、少年は両腕を伸ばして魔導師の首に絡めて顔を近づける。

「…あのさ、なんで僕が図書室に行ったか知ってる?」
「知らん」
「ケーキ買って来たから、一緒に食べない?って言おうと思ってたんだけど」
「………」
「………」
「………たべる」

こうして少年は見事に自分の運命を塗り替えることに成功した。
しかし、ご近所をダッシュしなくとも外でお姫様抱っこの体勢をとったまま長々と言い合いをしている姿は、ばっちり道行く人達に目撃されていたのだった。

「なあケーキってどんなケーキだ?」
「えーっとね、チョコレートとモンブランがあるよ」
「おれ栗がいい!!予約した!!」
「栗!?…ああモンブランか…いいよ、僕チョコレートにする予定だったから」
「そっか」
「うん」
「ひと口交換しような」
「いいよ」

だが二人はそれに全く気づかないまま仲直りをしたようなので、これはこれでいいのだ。結果オーライである。



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