夏の八束と呼人



「呼人、海いこ」

呼人のベッドに仰向けの姿勢で寝転がり、気温と指先から伝わる体温のせいで溶けかけた板チョコをかじりながら雑誌を読んでいた八束が呟いた。

「海」
「そ、海」
「…どうしたんだ急に」

呼人は扇風機の目の前に座り早口に短く答えた。あまりの暑さに言葉を発する気力すら削がれてしまっているらしい。
虚ろな目で壁を見つめ、前髪が額に張り付いたり風になびいたりするのをほったらかしにしている。

彼らの部屋にはまともに動くクーラーが設置されているが、殆ど暖房器具として使われたことしかない。
理由は八束の異常な体質にあった。
彼は子供の頃から極度のー…というより寧ろ(おそらくは精神面からくる)病的なほどの寒がりで、「冷える」ことを極端に嫌っているため、冷房をつけるなどもってのほかだったのだ。
今現在も半袖半ズボンの呼人の横で、汗ひとつかかずに春物のパーカーやらTシャツやらを着込んでいる。

「これ、みて」

八束はだらしなく転がって呼人の近くに移動すると、開いた雑誌を彼に向けて突き出した。
青い海をバックに、ファッションモデルだかグラビアアイドルだかよく解らないが、とにかくスタイルの良い水着姿の女性達が並んで楽しげに笑っている。

「いいよな、水着」
「…」
「ナンパの成功率も高そうだし」
「…」

呼人は扇風機の風力を「強」にした。
何も喋っていないのに、やけに汗が噴き出てくる。

「だから、海いこ」

それが理由か。
呆れて言葉も出ない呼人はまた風力調節のボタンを押したが、強を上回る風力が無かったため弱に戻った。




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