師匠と弟子の日常



普段通りのある朝のこと。

妙に生き生きしている師匠が、部屋のドアを蹴破らんばかりの勢いで部屋に侵入してきた。
僕はその時どうしていたかというと、五分前に鳴った目覚まし時計を乱暴に止め、「起きなきゃ」と「いやまだ寝ていたい」の真ん中あたりに意識を彷徨わせている最中だった。

だからこの出来事に驚いてはいたが、特にリアクションを起こすことはしなかった…面倒くさかったのである。

「さあ起きろチビ!今日もお前たちの為にハードなみっちり修行メニューを組んでやったからな、ぶっ倒れても引きずって、吐く血が無くなるまで全力で消化させてやる゛っっっ!?!?」

こんなに近くにいるというのにわざわざメガホンを使って語り出した師匠の背中あたりから、ごきゅん、みたいな、とてつもなく不吉な音がした。

「っちょ、師匠!?大丈夫!?」

慌てて飛び起きて駆け寄ると、彼は僕に思い切り体重をかけて掴まってきた。服が引っ張られて首がしまる。あと凄い重い。このまま引き倒されるんじゃないかと思うくらいだ。

「、……っ、…!!」

何か大変な苦痛にみまわれているらしい師匠は、音を伴わない悲鳴をあげてズルズルと崩れ落ちていく。引っ張り上げようかと手を伸ばしたがしかし、彼に引かれて同じくずり落ちていくズボンのほうが状況は深刻だったのでそちらを守ることにした。

僕の足にしがみついたまま床にへたり込んでいる彼を見下ろすと、人間ー…いや寧ろ生き物の限界点を越えているのではないかという程大量の汗を流し、青い顔で人形のように静止してしまっている。

「ど、どうしたの…?」
「…なあ…」

師匠が僕を見上げた。酷く情けない表情をしている。
それを見てやっと本気で心配になり始め、そして同時にこれはなかなか珍しいアングルだなあ等と心のどこかでちいさく感嘆してもいた。

「こ、腰…やっちまった」
「腰!?」
「ああ、今ごきゅんっつって、急に激痛が…」

ばっちり見ていた。
やはり効果音はごきゅんで正解だったようだ。

「それってさ、あれじゃない?」
「あれ、」
「だから…ギックリご」
「待て言うな我が弟子よ!言ってくれるな!!それ言ったら、こう…なんか駄目だ!!また弟子たちにオッサンとか呼ばれちゃうからやめて!」

「………う、うん、ごめん…」

とても切実かつ悲痛な叫びだった。
僕の目がおかしいのかもしれないが、一瞬彼の後ろになんとかして子供に嫌われまいとする世の全てのお父さんの姿が見えた。師匠…
こんなに必死になられては(文字のサイズを大きくしてまで)、最早僕は謝るしかない。例え今彼を苦しめているものの正体が、本当にギックリ腰だったとしても。

その日の修行はお休みになった。
師匠を寝かせた後で仲間たちにその旨を伝えると、彼らは狂喜してひとしきり叫んだり抱き合ったりした後、そのままのテンションを連れてどこかへ出掛けて行ってしまった。
ほぼ毎日続く地獄のような修行の反動だろう。気持ちは痛いほどわかる。
言ってしまえば、師匠がダウンしたあたりから外へ走り出したくて仕方なかった。

「…師匠、僕も遊びに行っていいかな」
「………勝手にしろよ」

彼は湿布臭が充満している部屋で自らが使った(そして僕が貼った)湿布の残骸に取り囲まれて、布団の中でぐったりしている。

「…行っていいの?」
「することが無いのに学校に来る奴はいないだろう。今日は修行は休みだ、お前の好きなようにすればいい」

…と言われても、ここはそもそも僕の家で師匠は居候だ。が、僕の気持ちが変わったのは多分それだけではないだろう。

「わかった、そうする」

無言の師匠を置いて出掛ける支度を始める。
台所を確認すると、パンと卵とハムが少しに大量の牛乳が残っているだけだった。そういえば牛乳を沢山飲むと身長が伸びるというがあれは正しいのだろうか。ずっと信じて毎日飲んできたが、一向に師匠との差が縮まる気配はない。何故だ。師匠もまだ伸びるのだろうか…いや冗談じゃない、あれ以上大きくなったらビックリ人間になってしまうではないか。話がそれた。

「じゃ、行ってくる」

玄関へ向かう前に声をかけると、師匠が身体を此方に向けようとして諦め、首だけ回して僕を見た。

「どこへ行くんだ」
「買い物だよ。師匠、なんか食べたいものある?」
「…お前、おれの嫁にならないか」
「オイなんも買ってこないぞ」
「ごめんやめて!ぷりん食いたい」
「プリン?」

でかい図体と背中の惨状に似合わない可愛いチョイスに思わず聞き返す。

「そう」
「…わ、かった。じゃあそれで」

なんだろう、なんか可愛い。

師匠は言葉も行動も乱暴で我が儘ばかり言うけれど、時々こんな態度をとる。子供っぽいところも大人らしい威厳もある。今は台無しだけど。

…なんていうか、


へんなひとだ、本当に。


「プッチンしなくて舌触りがなめらかで、うえに山盛り生クリームとチョコソースとサクランボが乗っかってる素敵なやつにしてくれ」

「……………」


せっかく良い感じに締めようと思ったのに、最後の最後でささやかに苛つかされた。
絶対プッチンプリンにしてやる。




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