八束と呼人3



「ただいま呼人聞けよさっきちょう可愛い女の子に声かけられちゃってさあメアド教えて下さいだって!やっほい流石オレ様!」

八束は自室のドアを開くと同時に、室内で待機しているであろう人物に向けてノンブレスで数分前の出来事を報告した。
挨拶など全く感情が込められていない。

「やっぱりアレだわ、オレくらいのレベルになっちゃうと、こう…話し掛けたくなるオーラ?みたいのが出ちゃうんだね、隠しきれなくて!いっやあイケメンは辛いなああぁっはっはっは、っぐ、…げほっ、ごほっ!」

自称オーラが隠しきれないイケメンは、調子に乗り過ぎて派手にむせた。

「っ、…はあ、あっぶねえ死ぬかと思ったぜ…つか呼人!てめえ、このオレ様が武勇伝をむせる程語ってるのにコメントのひとつも言えねえのか………って、あれ」

急に恥ずかしくなったらしい彼は呼人のベッドの方を睨みつけたが、直ぐにその目を丸くした。


「………すう」
「!!!」


呼人は眠っていた。
枕を抱きしめて、小さく寝息をたてている。

「よ、呼人ク」
「ん………」
「!」

名前を呼ぶと不機嫌そうに眉を寄せてしまったので、八束はそれ以降声を出せなくなってしまった。

(…呼人がこんな風に寝るなんて)

なるべく音をたてないように近寄りながら、呼人の姿をまじまじと眺める。

彼はどこまでも真面目な性格で、自分にも他人にも厳しいところがあるため、現在のように眠ってしまうことは非常に珍しかった。

(普段みたいにむすっとしてないし…しかも枕抱くとか)

緊張がほぐれた呼人は子供のようにあどけない表情をしていて、思わず八束の頬が緩む。

「かわい−…」

耐えきれなくなって表情を覗き見ながら小さく声に出してみたが、相手が目を覚ます様子は無い。
それを確認すると、八束はふとあることを思いついた。

(…ちゅうしてもバレないかな)

考えれば考えるほど、今の状況は魅力的に感じてくる。
普段なら確実に拒否されて暴言を吐かれ、それではと無理矢理迫れば何かしら痛いお仕置きをくらう羽目になるのだ。

その呼人が今はこれだ。

寝込みを襲うのは若干…いやかなり卑怯な気はするが、八束にこのチャンスを逃すことなどできるはずが無かった。

(起きたら殺されるかもな)

ゆっくり体重をかけると、ぎし、とベッドが鳴く。
八束は息をのんだ。
レトロなベッドのスプリングが、今回ばかりは恨めしい。

(今度社長に新しいの買ってもらおう)

脳内であまり良くない誓いを立てながら、幸せそうに眠る呼人の黒髪を優しく梳いてみる。

起きない。
それどころか甘えるように八束の手に頭を擦りつけてきた。
いつもなら夢のような光景だ。

(なに、なにこの可愛いいきもの!?)

予想外の反応に感動して震える身体を叱咤して、頭から頬へと手のひらを滑らせる。

「よーひとく−ん」

緩んだ顔のままおでこをくっつけてみたが、目を覚ます様子は無い。
どうやら相当深く眠っているようだ。

今回の作戦の成功を確信した八束が顔を下ろそうとしたその時、ベッドの上に置かれた携帯電話のアラームが鳴った。
初期設定のままの、無機質で(八束からすれば)不愉快な音が響く。

「……………」
「……………」
「…おはよう呼人クン」
「近い」
「げふぁっ」

呼人は片手を伸ばして黒の携帯電話を回収すると、起き上がる勢いで八束の顔面に鉄拳をお見舞いしてやった。

「いってえ!なにすんだよ!」
「もうこんな時間か」
「無視か!!」
「…うるさいぞ八束。頭に響く」
「っ…」

仏頂面で液晶画面を覗き込む呼人を睨みつけ、八束はわざと声を張り上げて言った。

「あーあ、さっきはあんなに可愛かったのになあ」
「………お前、何かしたのか?」

鋭いふたつの目が相手を捉える。
しかし彼の目つきが悪いのはいつものことで、八束は気にする様子もなくへらりと笑った。

「オレは特に。ただ寝ぼけた呼人クンが甘えてきただけだよ?」

半分は正しいが、半分は嘘だ。

「!!?」

だがそれでも、八束の言葉を聞いた途端に呼人の顔が真っ赤に染まる。
八束は喉まで出かかった、わあかわいい★という感想を無理矢理しまい込んだ。
もう少し弄った方が面白いと判断したらしい。

「お、俺はなにを」
「さあ何だろう?…あー、しかし驚いたな、まさか呼人クンがあ〜んなことするなんてさ」
「あーんなこと」
「起きた時あの状態だったんだから、大体想像できるだろ?」
「な」

八束は口をぱくぱくさせている呼人に一瞬だけ意味有り気な笑顔を向けてから顔を逸らし、ソファーの裏から引っ張り出した携帯ゲームの電源を入れた。




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