八束と呼人2


八束は鼻歌を歌いながら社内の廊下をふらふらしていたが、ある部屋の前でぴたりと足と鼻歌を止めた。

「しかし有本…だったか?アイツも大変だよな、あんな問題児押し付けられてさ」
「問題児?ああ、片桐のことか」
「なんか無駄な労働増やされてそうだしよ」

扉の向こうから男の声が聞こえてくる。二人分のそれは、同じ組織の仲間には違いないが、片桐の知らない声だった。
片桐はどうでもよさげに大きな欠伸をすると、目尻に溜まった涙を手の甲で拭ってそのまま通り過ぎようとした。
もう少し行った先に、彼の好きな安っぽい味のいちご牛乳が売っているのだ。
しかも今の時間だと、丁度いい感じに女性達が集まっているだろう。彼曰わくハーレムだ。

「…確かに、一見したらそう見えるかもしれないが…片桐の仕事の腕は一流だ。有本とは次元が違う」
「そういうもんかあ?」
「それだけ実力があるから、あんな自由奔放な行動も許されているんだろう」
「なるほど、そう言われると納得できるな」
「…まあ言ってしまえば、あいつらの実績の大半が片桐の手柄のようなものだ。相方は高が知れている」

部屋から笑い声が上がった。

「……………」

前に進めようとした足を戻すと、片桐はまた冷めた灰色の瞳で横にある扉を見つめる。
しかしその瞳は対象への興味を失ったのとはまるで違う、冷えきった鋭さを持っていた。

「確かに、有本は人付き合いが下手だし…一人じゃ何も出来なかったかもな!」
「ああ。そ」

一人の男がそうだな、と頷こうとした時、部屋いっぱいに破壊音が響いた。



「おい八束。また問題を起こしたというのは本当か?」
「知らねえ」

昼食調達から帰ってきた呼人が、自室のテーブルにコンビニのビニール袋を下ろしながら言った。
八束はベッドの上に体育座りをして、紙パックのいちご牛乳に刺さったストローを噛んでいる。
完全に不機嫌だ。

「知らなくないだろう。先輩の部屋のドア思いっきり取れてたぞ」
「蹴った」
「お前な…あの先輩、お前のこと結構気に入ってくれてる貴重な人だったのに…」
「あっそう」

空になった紙パックを握り潰して、適当な返事をする。

「………八束?」
「んだよ」
「何をそんなに怒っているんだ?」
「うるせえな」

目を合わせようともしてくれない八束の態度に、呼人は溜め息を吐いた。
今はこれ以上何を言っても聞き入れないだろう。

「物に当たるのは良くない」

だから最後に念押しの一言、と口にした言葉が、どうやら相手の機嫌を一気に損ねてしまったらしい。
八束は紙パックを壁に叩きつけた。

「当たってねえ!お前のためにキレてんだろ!」

ばーか!

…と言い捨てて、八束はずかずかと部屋を出て行ってしまった。

「俺のため?…なんだアイツ…ん?」

一人取り残された呼人は、テーブルの端に未開封のいちご牛乳が置かれていたことに気がついた。



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