てめぇが気分良いとロクなことないな
気が付いたら、水路の水草に引っ掛かっていた。ナイフで水草を切って、階段を這いあがった。
「勝手に殺してんじゃねぇよ、クソジジイ」
メフィストと燐がサタンの子であることは知らなかったが、不思議と動揺はしなかった。これだけ悪魔が身近にいるのだ。決しておかしいことではないと思う。
「おや、生きていましたか。これは残念ですね☆」
「残念で悪かったな」
心底残念そうにメフィストは言う。悪かったな、おい、と睨みつけると鼻で嗤われた。
「アマイモンはどうでしたか?」
人間が絶対しないような笑顔を浮かべ、奴はそう尋ねてくる。
「てめぇよりはマシな悪魔だったぜ」
ちょっと可愛かったからな、と付け加えると、おもしろくなさそうな顔をした。ちょっと愉快。
「俺は別にサタンのことを憎んでいるわけじゃねぇ。親には感謝しているさ。だが、俺は親の顔を覚えていない。親のことを知らない」
両親のことは気にはなるが、私を育てたのはメフィスト・フェレスだ。
「燐とは根本的に違うんだよ」
サタンに親を殺された燐とは根本的に違う。私を育てたのはサタンの息子であり、私の友人もサタンの息子である。
どうでも良いんだ。血縁なんて。私は血縁を知らないから。
「もし、あんたが藤本神父のように殺されたら話は別だが、てめぇ殺されないだろう、サタンの息子さんよぉ」
にやっと笑ってみせると、奴は口元を引くつかせていた。勝ち誇った表情をして見せると、奴はゆっくりと表情を消していった。
楽しい。そう思ったが、余裕はそれ程に長くは続かない。メフィストは表情を浮かべずにじっと私を見下ろしている。私はメフィストを見上げる。
「彼是言う前に、言うべきことがあるのではないですか?」
流れる沈黙。
詰んだ。そう思った。
「左足と右手、あと肋骨いくつか逝っちゃってて正直立つのが辛いので、病院まで連れて行って下さい、お願いします。そして、ご迷惑をかけて申し訳ございません」
実は話をするだけでも体が酷く痛んでいた。
奴の口元が愉快そうに大きく歪む。
「アインス、ツヴァイ、ドライ」
ぽん、という軽い音。ピンクの煙が消えると、私はやつの腕の中にいた。
「病院まで飛ばせよ」
動揺を隠すために吐き捨てるように言ってやると、あはは、と乾いた笑い声が響いた。
「気分が良いので」
「てめぇが気分良いとロクなことないな、おい」
まるで死体のように冷たい体。怖いけど嫌いじゃないんだよなー、と柄にもないことを思いながら溜息を吐いた。