てめぇよりも残念な悪魔もそういないだろ


 私はよく泣く子どもだった。我儘もたくさん言った。普通の人間の子どもだった。
 奴は大抵の我儘は聞いてくれたし、泣いてばかりで話が通じないからと言って私のことを見捨てることはなかった。
 奴はよく遊んでくれた。というよりも、私と遊ぶことを理由に仕事をさぼりまくっていた。
 メフィスト・フェレスと過ごした時間は長い。だからこそ、分かる。
 私は未だに奴のことが怖くて仕方がない。知れば知るほど深まる悪魔と人間の差。得体の知れなさ。意図など全く読めない。
 ただ、私は泣くことをやめた。この世の中にメフィスト・フェレスほど怖い物はないことに気付いたからだ。


 奴はいつもと変わらない表情で私の顔を覗き込んだ。
「泣かないのですか? 昔のように」
 冷たく細い指が頬を触る。優しいなんて形容詞はつかない。ただ、昨晩のことを思い出させるような指先。噛みついてやろうと思った。
 ただ、この変態はそのくらいではどうにもならないのは証明済みだ。
「泣かねぇよ」
 手足は動かない。口いっぱいに広がる鉄の味を飲み込みながら、静かに綴る。
「てめぇよりも残念な悪魔もそういないだろ、変態。完治したらアホ毛引っ張ってやるからな」
 一気に口を動かしたため、血が溜まり、咽て吐き出してしまう。私の顔と包帯に広がった血を見て、奴は笑った。
「何を言っても無駄のようですね」
 テーブルに置かれていたガーゼの残りが頬に触れた。ガーゼが赤く染まっていった。
「何か言って聞くような奴だと思ってたのか?」
 例も言わずに挑発的に尋ねてやる。
「だから、何も言わずにやったのですよ」
 冷たい手が頬に触れた。
「その結果、俺はてめぇが真正の変態であることに気付いたわけだ。あぁ、俺賢くなったな」
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