交錯


 私には親戚がいない。存在はしているのかもしれないが、祖父母を早くに亡くしたため、存在するはずの従兄弟たちとはほとんど交流がない。そもそも、父の仕事の都合で東京に住んでいるだけで、私の親戚は東京には住んでいないのだから、あまり関係がないのかもしれない。京治のお母さんもお父さんも東京出身ではない。それが、名字家と赤葦家が親戚のように付き合うことになった一番大きな理由だ。
 学校から帰り、リビングで本を読んでいた。すると、台所から母親の声が聞こえた。
「そういえば、明日の朝から京治君たち家にご飯食べにくるよ」
「夫婦旅行にでも行くの」
 台所に聞こえるように、声を張り上げて尋ねる。
 このようなことは初めてではない。勿論、私たちが両親の旅行や、母親の帰省の際に預けられることもある。お互いに頼りになる親戚がいないためか、私たちはちょっとしたことで互いの家にお世話になっていた。
「そうみたい。二人ともよく食べるから楽しみ。二人ともお弁当がいるなら、久しぶりにお弁当も作ってみようかな」
 私は本を閉じて立ち上がった。台所のカウンターの前まで歩いていく。
「二人ともあっさしたものが好きだし、お弁当も作るんだったら、買い出しに行った方がいいかもしれないね。お使い行くよ」
 私は母親と話しあい、二日分の食材を買いに行くことになった。荷物持ちに弟を呼び、近所のスーパーまで自転車で向かう。ホウレンソウや小松菜、豆腐やゴマ、油揚げを籠に入れる。
 魚屋に行くと、シイラが売られていた。今が旬で安いのだろう、と思い、私は人数分のシイラの切り身を籠に入れた。
 帰りのコンビニで、手伝ってくれた弟にホットテイクのチキンを奢る。私は夕食前に何か食べる気にはならないため、弟がチキンを食べ終わるまで待っていた
 昼間は暑いが、夕方はシャツ一枚では寒いらしく、冷たい風に鳥肌が立った。
 翌日、赤葦兄弟が朝食を食べに来た。京治は朝練があるらしく、随分と早い朝食だった。母親は二人に弁当を持たせていた。私はいつも通り支度をして、母親の作った弁当を持って高校に向かった。
 お昼休みになると、仲良くしている友達がいつものように机の周りに集まってきた。
「今日、名前はお弁当なんだ」
「和え物たくさん入っているね」
 私のお昼ごはんが弁当であることは珍しい。弁当には三種類の和え物と煮物が二種類、お浸しが一種類入っていた。昔からあるような弁当屋の弁当のようだった。
「シイラの照り焼き入っているからね。今日は和食」
「シイラかあ。あんまり名前を聞かない魚だね」
「名前知らないだけで、結構食べてるとは思うよ」
 確か西日本でとれる魚だったな、などと思いながら、私はふんわりとしたご飯を口にした。
「赤葦、弁当豪華だな。ぶりの照り焼きか?」
 そんな言葉が耳に入ってきた。私は箸が止まる。背中をひやりと冷たい汗が流れる。目の前の友人たちの会話が妙に遠くに聞こえた。
 私の弁当と京治の弁当は全く同じだ。
「ぶりじゃないと思うけど」
 京治の、決して大きくはないはずの声が、妙によく響いて聞こえた。
「名字さん、弁当でかいなぁ」
 初めて、自らの意思とは無関係にあの男子のグループの方を向いてしまいそうになった。心臓の音が、脳にまで響くような感覚がした。手がじんわりと湿ってきた。
 私は慌てて弁当の蓋を閉めた。手が震えていた。
「部活の先輩に呼び出されているんだ」
 風呂敷にくるみ、勢いよく立ち上がってそれを抱える。わざとらしく目を丸くして、時計を見る動作も完璧だ。声も全くいつも通りだった。このような時に、変に声がひっくり返ることがないことに、私は感謝した。
「じゃあね」
 誰も見なかった。ただ、教室の出口だけを見て早足で教室の扉までたどり着き、そのまま廊下に走り出した。部活をやっていないのだから、先輩に知り合いもいないのだが、気が付いたら三年生の教室のある隣の棟だった。まだ昼休みが始まったばかりなのか、人はまばらだ。
 乱暴にくるんだだけの弁当を片手に、途方に暮れた。
 私もお浸しや和え物が好きだった。シイラの照り焼きも好きだった。飲み込む暇もなく、口の中に残った僅かな米は口内に散らばっていた。舌で集めて飲み込むと、不自然な甘い味がした。廊下の窓は開いていて、強すぎる風が吹いていた。冷たい風が汗を冷していく。
 怒りもなく、ただ空しかった。
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