もう一人の末っ子


 その日、叔父さんがケーキを買ってきた。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが、ケーキかい、とにこにこ笑いながら離れからやってきた。
 私の両親は私が中学生の頃に、仕事の都合で私を置いて海外に行った。私は、祖父母と母の姉夫婦の住む家に下宿することになった。母の姉夫婦には、お姉さんとお兄さんと、私よりも一つ年下の京治という三人の子どもがいた。
「京治、ケーキ選べよ」
 京治は兄姉よりも背は高くなった。京治は、ゆらりとリビングにやってきた。そして、そのまま無表情で何も言わず、酸味かありそうなラズベリーケーキを指さした。
「京治はこれ選ぶと思っていたよ」
 不機嫌そうな表情に腹を立てる者はいない。お姉さんもお兄さんも、叔父さんも叔母さんも、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんも笑っていた。京治は小さい頃からラズベリーやクランベリーのケーキが好きだった。ショートケーキやチーズケーキ、チョコレートケーキやモンブランなどどこでも置いてある定番のケーキとき違い、ベリーケーキを置いていない店もある。ただ、叔父さんは京治のために、わざわざベリーケーキを置いている店でケーキを買ってきたのだろう。
 二ヶ月後、お兄さんとお姉さんと私と京治の四人で、新しくできたケーキ屋に行こう、とお兄さんが声をかけてくれた。お兄さんもお姉さんも社会人で、私は受験生だったが、お兄さんは部活で忙しい京治の予定を聞いた。
 京治は僅かに眉根を寄せたが、体育館が使えず、部活が休みになる日をお兄さんに教えていた。
 二日前までは全員で行くことになっていたが、前日にお姉さんの都合がつかなくなり、そして当日、店を前にしてお兄さんが仕事で呼び出されてしまった。ケーキ屋の前に置いて行かれた私たちは、顔を見合わせた。
「折角来たし、食べて行こうか」
 京治は私の顔を見て、そして僅かに時間を置いて頷いた。
 私は席につくと、二つあるうちのメニュー表を一つとった。京治も自分でメニュー表をとっていた。チョコレートケーキが好きな私は、早々に注文を決めた。メニュー表の中にはベリーケーキもあった。私は、京治がそのページを開いたのを確認してから、京治に尋ねた。
「決まった?」
 京治は頷いた。私は近くいた店員を呼び、チョコレートケーキを頼んだ。
「チーズケーキ」
「ラズベリーケーキあるじゃん」
 京治も自分で注文を伝えた。意外な注文に、私は思わず店員の前で尋ねてしまった。京治は店員に、以上です、と伝え、店員を戻らせると、淡々と言った。
「今はそんなに好きじゃない」
「ラズベリーケーキ、選ぶとみんな喜ぶからね」
 その言葉自体は、意外ではなかった。京治はこのようなことが結構あった。注文もこのように放っておけば自分で言うのだが、家族がいる時は必ず家族が京治の注文を聞くので家族に言ってもらう。それが波風立てない一番よい方法であることを、賢い彼はよく理解している。
 私は、京治の行動で笑顔になるようなことはなかったのは、それを悟っていたからではない。他の家族も、京治のこのような気遣いに気付いていないわけではないからだ。他の家族と私が違うところは一つしかなかった。年が近かったのもあるだろう、京治は年下だったが、年下だと思って関わっていなかった。頭の回転が速く、物分かりが良く、しっかりとした従弟が年下だとは思えなかった。年上の動きをよく見ながら、機嫌を損ねないように動く従弟の、このどこかシニカルなところが好きだった。
「別にわざわざ付き合ってくれなくてもよかったのに」
 京治はチーズケーキはまだ残っているというのにフォークを置き、手持無沙汰そうにテーブルを指で叩きながら言った。
 私は、京治の言葉の理由が理解できず、飲んでいた紅茶で咽そうになった。ゆっくりと紅茶を飲みこみ、京治の顔を見る。同じ家に住んで久しいのに関わらず、京治の表情は読みにくい。ただ、やや口元が歪んでいるような気がした。
「なんで? 姉さんと兄さんが来れなかったのは残念だけど」
 私の言葉に、うん、と首を僅かに傾げ、言葉に詰まっているのか、あ、と小さく声を漏らす。ただ、すぐにいつもの気だるげな表情に戻り、黙ってケーキをつつき始めた。何か言いたいことはあるのだろうが、上手い言い方が分からず、面倒臭くなって投げてしまったらしい。
 私もケーキを口に含んだ。仄かな苦味があるが、甘い。ああ、好きな味だなぁ、と思いながら、京治を見た。楽しくはないが、悪くはないティータイムだ。
「私は京治とケーキ食べられてよかったよ」
 京治はあの半分しか開いていない、かったるそうな目を見開いた。
 ああ、とどこか間が抜けた声が口から漏れる。私は彼の言葉の意味を、彼の言いたかったことをようやく悟った。
 どうやら、私の従弟は、私に嫌われていると思っていたらしい。彼はシニカルで聡明だ。しかし、身内に可愛がられることが当然であると彼自身が思い込んでいることを、彼は理解していなかったらしい。
 私は思わず笑みが漏れる。京治は怪訝そうに私を見た。ただ、私は気にせず笑った。このときはじめて、私は彼を可愛いと思ったのだから、仕方がない。
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