怖がりさん2


 俺は名字名前を覚えていた。小学校の途中でやってきて、中学の途中で転校していった。話したことはあったかどうかわからない。ただ、俺が彼女を覚えていたのは、彼女は悪い意味で有名人だったからだ。地方からやってきた彼女は高慢で、ひどく嫌われていた。何も喋らないで聞き役に徹するだけでも友人はできるのに、上手く立ち回らないなんて馬鹿な人だと思っていたが、個人的な恨みは何もなかった。
 高校の新しいクラスで、彼女を見た時には一瞬誰なのかわからなかった。女友達と普通に話していたからだ。彼女は俺と同じようにクラスに埋没していた。関わることもないだろうと思っていたが、二日目の委員会決めで、彼女と俺は議員になってしまった。
 初めての議会は昼休みだった。俺は弁当と午後の授業の準備を持ったまま、名字の席に行った。一人で勝手に行ってしまうというのも体裁が悪い。
「議会」
 彼女は次の授業の準備をしていたが、そう告げると、顔を上げた。表情はなく顔面蒼白で、ただほとんど彼女の顔を見たことのない俺でも、随分と顔色が悪いことがわかった。
 俺は身長のせいで、部活仲間以外とほとんど歩幅が合うようなことはないためかゆっくりと歩く癖がついている。ゆっくり歩いても女子ならば間違いなくついて来ることができない。ただ、彼女は俺を追い越し、俺から見ても随分と速い速度で歩いて行った。俺は彼女の斜め後ろを、いつもよりも若干速い速度で、一緒に歩いているとも歩いていないとも判断しかねる距離をあけてついていった。
 まるで俺を避けているかのようだったが、嫌われているとは思わなかった。勿論、好かれていると思ったわけではない。ただ、嫌われているというよりも、俺は怖がられているような気がした。俺は、ほとんど名字と関わりがなかったから、怖がられている方が納得がいく。
 小学校中学校時代の自分を知る俺が、それを蒸し返すことがないかが不安なのだろう。人を不快にするような、後から面倒になりそうなことは俺は嫌いだ。蒸し返すようなことはあるはずもないのに、と思いながら、女子にしては高いのか低いのかよくわからない彼女の背を見る。
 会議室は近かった。彼女が座った席の隣に座ると、入口から厄介な後輩が入ってきた。尾長と違い、扱いにくい後輩だ。
「赤葦さんも議員だったんですね」
 俺が気付かない振りをしているというのに、後輩はニコニコと笑いながら近づいてきた。
 俺は、顔色の悪い名字を横目で見た。会議が始まるまでしばらくあるだろう。面倒臭いことになるなら、彼女を巻き込んでしまった方がひょっとしたら無難なのではないだろうか、と俺は思った。
「バレー部の後輩。強豪から来た一年」
 名字は顔を上げた。名字が何も聞いてもいないのに関わらず、自慢話を延々とする。こういうところが嫌われるのだろう。俺は別に嫌悪するほどではなかったが、疎ましいとは思っていた。副主将でなければ、本当に何も思わなかっただろうが。
 名字に話すことも尽きたのか、今度は俺に話しかけてくる。名字の顔色は少しは良くなったようだったが、それならばもう少しくらい時間を稼いでおいてくれてもよかったのに、と思う。練習や部の方針について、善意で言ってくるのだから性質が悪い。木兎さんが責任が最も重い立場にあるから耐えられるが、俺も少ながらず責任を負っている。責任が全くないのに関わらず、よくもここまで言えるものだ、と俺は呆れながら、一方で苛立っていた。
 そんな時、名字が後輩に声をかけた。
「隣、座る?」
 俺は目を丸くして名字を見た。後輩は、ニコニコと笑い礼を言いながら、名字の隣に座った。
 そして、すぐに議会が始まった。
 議会が終わると、名字は後輩にあっさりと挨拶をした。そして、すぐに会議室を出る。俺は名字についていった。
「アンケート集計の仕事はやっておくから」
 そういえばアンケートがあった、と思いだす。俺が机を見た時には既になかったため、すっかり忘れていた。名字の手元には三種類のアンケートがあった。
「ありがとう」
 今年から副主将にもなって忙しいので、俺は素直に厚意を受け入れることにした。そして、俺は気になっていたことを尋ねることにした。
「あと、次はあいつに気を遣う必要はない。イイやつじゃない」
 別に嘘は言っていないが、俺は興味を隠して尋ねた。嫌な印象を抱かせるよりも、良い印象を抱かせた方が遥かにやりやすい。
 名字の歩くスピートが落ちた。
「馬鹿にされるのが怖いんだよ。だから人を馬鹿にする」
 昔の彼女は確かにあの後輩と似ていたかもしれない、と俺は思った。
「黙って大人しくしていれば、誰かが助けてくれるのにな」
 今回もアンケートはやってくれるだろうから、と心の中で付け加える。
「誰かに助けてもらえるなんて思ってはいないんだよ」
 ああ、認識が違うんだ、と俺は思った。
 この人はきっと、はじめから誰のことも頼りにしていない。誰かに助けてもらえるなんて毛頭思っていない。重そうにアンケート用紙を抱えているが、俺に任せるなんて選択肢はこの人にはないのだろう。
 長い間、一人で何でもやらなくてはならなかったせいで、人と自分の仕事量を比べるなどという発想はないのかもしれない。
「成程」
 ただ、きっとこの人は助けを必要としていない。馬鹿なんだろう。そして、馬鹿なことに自分で気付いた今でも、その発想はない。
 随分と楽をさせてもらえそうだ、と俺は思った。
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