怖がりさん


 赤葦京治。
 妙に馴染みのある名前だった。それもそのはずだ。小学五年生から中学一年生まで、同じ学校だったのだから。
 私は中学二年の時に転校をしていた。
 進級に伴うクラス替えの表を見ながら、同じクラスになろうとも、同性でなければ会話をする必要はあまりない、と思い込もうとしたが、無理だった。笑ったり、不安そうな顔をしたり、そんな周囲のざわめきが、遠くかなたから聞こえてくるような感覚がした。頭がくるくると回転し、様々な可能性が脳裏をよぎっていった。
 それから、何事もなく新学期一日目は過ぎた。二日目には、何かが起こることは分かったが何も起こらなかった。実際に、赤葦京治に接触したのは一週間後だった。
 その日は、昼休みに近づくにつれて、私は心臓の音が大きくなっていくのを感じた。チャイムが鳴った時には、動悸で眩暈がした。
「議会」
 私は議員になった。もう一人の議員は赤葦京治。授業が終わり、秘め休みになるや否や、赤葦京治はわざわざ私の席までやってきた。すらりと背が高い。横幅はあまりないため威圧感はないが、それでも机にできた影は暗かった。
「ありがとう」
 声が震えていることを隠すように早口で言い切ると、私は弁当と次の授業の教科書を抱えて立ちあがった。会議室まではほとんど距離がない。会話はなかった。赤葦京治は私の斜め後ろを、ゆらゆらとついてきた。
 会議室の机はコの字型をしていた。私はやや後ろの方に腰かけた。赤葦京次は私の隣に座った。会議室は、まだ人も疎らだった。当然、話をすることもないので、私は黙っていた。
「赤葦さんも議員だったんですね」
 やや鼻につくような高い声がした。赤葦よりもやや大きい一年生は、ニコニコと笑いながら私たちの前に近づいてきた。
「バレー部の後輩。強豪から来た一年」
 私は何も言わなかったが、赤葦京治は紹介をしてくれた。一年生は愛想よく自己紹介をした。私は何も尋ねなかったが、出身の中学が何度優勝しただとか、歴史が長く由緒正しいバレー部だなどと説明をしてくれた。そして、一通り話し終えると、今度はこの前の練習がどうだとか、中学の時の練習はこうだったとか、怒涛の如く話をする。赤葦京治は特に相槌も打たず、ただ無表情のまま聞いていた。
 しばらくすると、会議室に人が増えてきた。
「隣、座る?」
 私はそのバレー部の一年生に笑いかけた。その一年生は、少しだけ目を丸くして、そして嬉しそうに笑って、はい、と元気の良い返事と共に私の隣に座った。
 私は嫌われ者だった。地方から東京に転校してきて、東京になじむことができなかった。馬鹿にされるのが怖くて、東京のことを馬鹿にし続けていた。嫌な転校生だった。友人ができるはずもない。一度孤立してしまえば、怖がりな私はもう元に戻ることはできなくて、そのままずるずると中学に進んでしまった。
 三つ下の妹が上手くなじめたことから考えても、孤立した原因は私以外のなにものにもなかったと思う。
 転校が決まったときの気持ちは忘れられない。昔のように、素直に話すことができた時の安心感は、いまだによく覚えている。転校先の同級生たちは、みな優しかった。
 私は、とにかくこの一年生が、まるで昔の自分を見ているかのようで、放っておけなかった。
 議会はすぐに終わった。私は、クラスの人数分の三種類のアンケートを自分の教科書と一緒にまとめて抱えた。弁当は空になってるとはいえ、抱えている荷物は腕に重くのしかかった。
 次の授業は別棟だった。他の同級生たちとは違う方向に向かって歩いていくため、適当な別クラスの顔見知りに話しかけ、そのまま移動することはできなかった。必然的に、私は赤葦京治と別棟まで歩かなくてはいけなかった。
「アンケート集計の仕事はやっておくから」
「ありがとう」
 バレー部が忙しいことは知っていたため、私は手元にある三種類のアンケートの集計を引き受けることにした。赤葦京次は何を考えているのか、あっさりと返した。そして続けた。
「あと、次はあいつに気を遣う必要はない。イイやつじゃない」
 直接的な言い方ではなかったが、嫌いなんだと私は思った。それと同時に、赤葦京治がいかに自分のことを嫌いだったのかということを示された気がして、今すぐにでも廊下を走って逃げてしまいたかった。足に力を入れると、逆に足を止めてしまいそうだった。何とか平然を装って足を動かす。ただ、その足の速さが変わっているのではないかと思えて仕方がなかった。
 あれほど重かったアンケートの束も、抱えているとは思えなかった。
「馬鹿にされるのが怖いんだよ」
 赤葦の顔は見えない。姿も視界に入らなかった。頭がくらくらして、視界が白けていった。ただ、絞り出せる言葉はそれしかなかった。
「だから、人を馬鹿にする」
 次の言葉は、まるで繋がっているかのようにするする出ていった。頭は動いていなかった。何を言ったのか、自分でもよく分からなかった。
「黙って大人しくしていれば、誰かが助けてくれるのにな」
 私は、なぜか赤葦京治に兄がいたことを思いだした。小学四年生の時に児童会長、中学一年生の時に、生徒会長を務めていた。名字が珍しかったためか、すぐに兄弟だとわかった。のんびりしていて、おおらかな感じのする、面倒見の好さそうな先輩だった。
「誰かに助けてもらえるなんて思ってはいないんだよ」
 頭では分かっていても、信じることができない。きっと、私は今でもそうなんだろう。言葉が上滑りをしていくような感覚がした。五分後には授業を受けなくてはいけないなど、信じられなかった。
「成程」
 赤葦京治は、表情こそ変わらなかったが、その声は彼にしては妙に溌剌としていた。ただ、己の全てをさらけ出してしまったようで私は理由もなく後悔した。何も怖がる必要なんてないのに、私は本当に怖がりだ。
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