終焉は許されない


 あれは初夏だっただろうか。友人は言った。
「別れたの」
 友人には付き合っていた恋人がいた。友人と元恋人は同じクラスだが性別は違うためか、交友関係が違う。私は、友人が恋人と別れた話を聞いて以来、友人と恋人が話しているところを見たことがない。敢えて無視しているわけではなく、話をする必要がないのだ。
 それからしばらく経った暑い夏の日、私は昼休みにマスカットティーを飲んでいた。友人たちは、まだ私の机で昼ご飯のパンを食べている。
「流石、天才様は違うよなあ」
 明らかに、会話とは思えない声が耳に入る。複数人の笑い声がそれに続いた。私は息を吐いた。
「本当に、子どもっぽいよね」
 友人が声の聞こえた方向を睨んだ。
「まぁ、言わせておけばいいかなあと」
 マスカットティーの後味は、爽やかとは言えないが別に悪くはない。
 高校生になって、クラスの全員が嫌がらせをするようなことはない。嫌がらせをしてくるのは、クラスの中のほんの一握りだ。スクールカーストでいえば、高くもなく低くもない、謂わば中堅の男子たち。理由はないわけではないが、あっても仕方がないような理由だ。これで友人がいなければ辛かったかもしれないが、私には友人がいるし、多くのクラスメートは私に対して友好的に接してくれる。だから、単純に鬱陶しいだけだ。
 相手は私の反応が見たいのだ。お望み通り、一回くらい見てやるか、と思い首を動かす。
 その中の一人が、どこか気だるげな目を私の方に向けていた。私と目が合うと、たまたまこちらを向いていただけのように視線を動かせ、目を逸らせた。その動きは自然だった。そして、気だるげであると同時に、始終平然とした冷めた目でもあった。
 家に帰ると、玄関に大きな段ボールの箱が置いてあった。中を覗き込むと、段ボールの半分くらい夏野菜が入っている。祖母から送られてきた野菜だろうと思いながら、家に上がる。荷物を下ろすと、台所にいた母親が声をかけてきた。
「赤葦さんのところに、おばあちゃんがくれたかぼちゃ持っていって。テーブルにスーパーの袋あるでしょ。それに入っているから」
 母は、京治が私に嫌がらせをしているグループにいるなどということは知らない。学校であったことについては比較的話をするが、これだけは言う気がない。母と京次の母は仲がいい。母に知られれば、京治のお母さんに知られてしまうことは間違いなかった。京治はほとんど反抗期がなく、母親とは仲がいい。母親に叱られるというこは、京治にとっては不幸なことだ。幼い頃から彼を知っている私は、彼が母親に怒られたことで問題が何一つ解決しないことぐらい理解していた。
「いいよ」
 赤葦家に行くことに関して、私は何も思っていなかった。京治のお母さんと話すのは楽しいし、京治に会ったところで、私は特に話すこともなければ、不快になることもなかった。しかし、これはあくまでも私の話だ。
 すぐ隣の赤葦家のドアをノックする。インターフォンごしに聞こえてきた声は、京治の母親のものだった。しかし、少し間が開いて開けられたドアの先にいたのは、京治だった。
「京治君」
 夕食時だ。お母さんは料理をしていて、京治はリビングのソファーで横になっていたのだろう。そんなことを冷静に考えられるくらいだ。私は、特に戸惑うようなことはなかった。
「おばあちゃんのところでとれたかぼちゃ」
 白いスーパーの袋を渡す。京治はそれを受け取ると、すぐにぱたんとドアを閉めてしまうかと思いきや、スーパーの袋を覗き込んだ。おや、と少し目を丸くして見ていると、京治はゆっくりと顔を上げた。
「ありがとう。母さん、喜ぶと思う。この前もらったなすもおいしかった」
 早口だった。そして、彼にしては多弁だった。表情はあまりなかったが、目は合わせてくれた。彼らしい冷めた目だったが、そんなことはどうでもよかった。
「そう。それはよかった」
 突き放したような言い方にならないように、私はゆっくりと意識して言葉を吐きだした。京治の表情が、少しだけ緩んだような気がした。私は思わず口元を綻ばせた。
 夕暮れ時だ。むっとした暑さが緩んでいた。夜風が吹き始める。涼しくはなかった。夜風は夏らしい生ぬるさをもっていた。不快になる人もいるだろうが、私はそうは思わなかった。
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