鏡像


 弱虫ではなかったし、無口ではなかったが、私は器用ではなかった。大抵幼馴染みと比較されて、出来が悪いと言われていた。ただ、辛いと思った記憶はなかった。
 中学までは幼馴染みと同じ中学だった。
 その日ははじめて食べた期間限定のドーナッツがたいへん美味しく、私は上機嫌だった。
「徹君、バレー部で活躍してベストセッター賞貰ったんだって」
 既に祝いの言葉はかけていたからなのかはわからない。ドーナッツの甘い味が急に不快になった。
「徹君らしいね」
 私はそう答えた。私はそのまま、口の中にたまった不快な唾を飲み込み、緑茶を口に含む。
 口の中は爽やかになった。
 高校は別の高校だった。私が進学したのは県内随一の進学校だった。
「徹君、彼女ができたらしいよ。今日、連れてきてくれたの。可愛いいい子だったよ」
 休日、午前中に高校で勉強してから家に帰ると、母親が嬉しそうに言った。
「それは徹君らしいね」
 そう答える。リビングには明るい光が差し込んでいた。
「アンタは彼氏も作らずに、毎日毎日何してるの」
 母親の言葉に悪意はなかった。特に深い意味合いがないこともわかっていた。だからなのだろうか。
 私は窓から差し込む日差しに目を細めて答えた。
「勉強かな」
 体はぽかぽかしていて気持ちが良かった。
 幼い頃から不器用で、勉強しなくては授業についていけなかった。ただ、今となっては当然のように勉強をするせいで、私の学力は決して低くはなかった。昔は徹に遠く及ばなかった学力も、今なら勝てるのだ。ただ、そんなことはどうでもよくなっていた。
 ある日、私はアイスクリームを食べるかどうか迷い、結局あとで食べることにして散歩に出た。
 そこで徹君とお姉さんのお子さんと、徹君の知り合いの、おそらく後輩に見える青年を見かけることになるとは、思ってもいなかった。散歩中に聞こえた、コンプレックスの塊のような発言を幼馴染みがしていたことを知ったとき、私は頭が割れるような痛みとともに、脳の血管から鼓動を感じた。頭がくらくらした。
「徹君、ひさしぶり」
 私は、後輩と別れた幼馴染みに声をかけた。幼馴染みのかわいい甥っ子も声をかけてくれたような気がした。私は笑顔で甥っ子にも挨拶をする。
 幼い日、幼馴染みという何をしても私よりも優れた相手といることで、苦しかった記憶はない。ただ、心は覚えているものだと思った。ただ、果たしてそうなのかはわからない。
 遠くに見える地域センターの透き通った窓ガラス。階段の上にそれはあった。私はその透き通った窓ガラスを叩き割りたい衝動に駆られた。しかし、窓ガラスを叩きわったとこれて、得るものよりも後悔の方が大きい。私は窓ガラスを割ることを諦め、ゆっくりと息を吐いた。
「調子はどう」
 上擦ることもなく、声は普通に出た。ただ、私は心の中で思った。アイスクリームを食べてから来れば良かった、と。
 幼い日、私は辛いと思ったことはなかった。きっとそれは本当のことだったのだろう、と思った。
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