憐れみ
甥っ子をバレーボール教室に連れていく。バレーボール教室には、俺と同じような境遇の若者が三人いた。一人は俺と同じ年の男子高校生で、もう一人は女子大生、最後の一人は俺よりもふたつ年下の女子高生だった。俺たちは待ち時間によく会話をした。
最初は何も気がつかなかった。男子高校生と女子大生は仲がいいなあと思っていたけれど、彼らも隠していたらしい。
「夜遅くまで起きてるからそうなるんだよ。十一時に寝ていればよかったのに」
付き合っている、と直感的に思った。昼に食べた苦瓜の苦みが喉の奥から染み出てきた。自分の中で、何かが引いていくような気がした。
今まで何も気づかずに話していた自分を引っ掻いてやりたいと思った。
女子高生の方を見ると、いつもの調子で寝不足はだめですよ、と無難なことを言っていた。
その次の週から、男子高校生と女子大生は敢えて口にはしないものの、その関係を隠さず話をするようになった。
俺は二人とあまり話をしなくなった。女子高生の方は相変わらず二人と話すことがあった。ただ、俺が彼女に頻繁に話しかけるせいで、彼女も二人と話すことはほとんどなくなっていった。
俺がいないときは喋っているようだったけど。
俺は彼女から様々なことを聞いた。二人といるとき、彼女はあまり自分のことを喋らなかったが、俺が尋ねると話してくれた。俺は彼女から話を聞くのが愉しかった。
「カレシいるの」
ある時、俺はそう尋ねた。彼女はいない、とだけ答えた。俺は胸を撫で下ろした。彼女の方は何も聞いてこなかった。
ある日、彼女は体育館の入り口でマドレーヌを食べていた。
「マドレーヌ、手作り?」
男子高校生と女子大生が先週くらいに二人で一つの水筒からお茶を飲んでいた光景が脳裏を過った。
頷く彼女に、俺は間髪いれずに続けた。
「今度、俺にも作ってよ」
そう言うと彼女はゆっくりと目を細め、普段よりもゆっくりと、まるで俺を諭すかのように言った。
「彼女に作ってもらった方がいいと思うよ」
とげのある言い方ではなかった。彼女の表情も、決して険しいものではなかった。目を細め、表情なく俺を見やる。建物の間を吹き抜ける冷たい風が背を撫でた。
俺がカノジョと歩いているときに、どこかですれ違ったのだろう。いつなのかはわからない。それを一々口にしないのは、彼女らしいといえば彼女らしい。
「そうだね」
俺は軽く目を瞑った。風は通っているのに関わらず、火に当たっているときのように頭が熱い。瞼を上げると、彼女は弟の姿を見ながら、マドレーヌを頬張っていた。彼女の弟は、ちょうどリベロと交代していて、コートにはいなかった。
「半分ちょうだい」
俺は素早く彼女が持っているマドレーヌに手を伸ばし、乱暴に奪い取った。彼女はほとんど抵抗はしなかった。彼女は何も言わなかった。ただ、表情なく俺を見ていた。
俺はマドレーヌを口に含む。マドレーヌの甘さが口に広がる。
「美味しいよ」
俺は彼女と肩が触れあうような距離で笑いかけた。彼女はふわりと微笑みかけてくれた。ただ、俺は彼女が一瞬だけ視線を下に逸らしたのを見逃さなかった。カラスが一羽だけ、哀しげに鳴く声が聞こえた。俺は顔が熱くなった顔を冷ますように、彼女から顔を背けたくなった。