再会〜ブラッキー〜


 アスアはクロバットに乗って空を飛ぶと、チョウジタウンに降り立った。アジトに向かい、ランスの執務室へ行く。
 アスアは報告書を免除されているのだが、ランスに報告に行かなくてはいけない。
「シルバーに会うことはできましたが、連れ戻すことはできませんでした。しかし、トレーナーカードに発信機を付けることに成功しました。シルバーはトレーナーになっていたので、キキョウシティに向かうでしょう」
 とりあえず、要旨だけを報告すると、書類をチェックしていたアスアは呆れたように言った。
「せめて、様付けでお呼びなさい」
 アポロですら、"シルバー様"と呼んでいるのですか、と咎められる。
「私はサカキ様にシルバーと友達になるように言われています。呼び捨てもお許しいただいていますし、様付けて呼ぶなと言われています。父がサカキ様のことを呼び捨てにしていたことも関係していると思いますが」
 しかし、サカキの命令もあるため、アスアはそう言い切った。ランスは、サカキとシャクが呼び捨てで呼びあっていたことを知っているだろう、とアスアは思っていた。そして、それは間違っていないようで、ランスは何も言わなかった。
「あと、シルバーはここ数年、サカキ様と接触していないと思われます。ポケモンは一匹しか所持していませんでした。その上、強いというわけではなく、私がノーダメージで倒せるぐらいですので、サカキ様のご指導があったとは思えません」
 サカキ様のご指導があれば、あの程度の強さでバトルをしようなどと考えるはずがありません、とアスアははっきりと言った。
「シルバー様と戦ったのですか?」
 そう尋ねるランスに、にやりと笑って答える。
「ええ、確りと勝たせて頂きました」
 これだから子どもは、と言わないものの、ランスがそう思っているだろうことはアスアには容易に想像できた。
「キキョウシティですね。おそらく、明日明後日には着くでしょう。キキョウシティにはマダツボミの塔とジムがありますから、一週間ほどは滞在するはずです。明後日は私の予定が空いていたので、一応着いて行きましょう……何をそんなに嫌そうな顔をしているのですか?」
 ランスはそう尋ねた。アスアは本当のことを言うか言わないか迷ったが、言っても言わなくても感じが悪いなら、言った方が良いだろうと思い、正直に話す。
「ついでにマダツボミの塔に登りたかったなぁ、と思いまして」
「あなた、何をしに行く気なんですか?」
 そう言うと、案の定、ランスは呆れた、というように言った。
「シルバーを連れてくるつもりです」
 そう言いながら、もそもそと巾着を取り出す。
「そういえば、ぼんぐりたくさん拾ってきたんですよ。ランス様もいります?」
 ヨシノシティ周辺には、ぼんぐりの木がたくさんある。シルバーを探しつつ、アスアは森の中に分け入ってぼんぐりを拾ったのだ。
「何に使うのですか?」
 ランスはぼんぐりが大量に詰まっているだろう巾着を見て目を細めた。この不快そうなランスの表情を見れば、大抵の人間は怯むのだが……
「えっ、ぼんぐり食べないんですか?」
 アスアはその遥か上を行く。



 アスアは、ランスがいなければクロバットを使って空を飛ぶのだが、ランスがいるためスリバチヤマ経由で徒歩でキキョウシティに向かった。洞窟の敵はクサイハナに排除させる。
 エンジュシティに着けば、キキョウシティは目と鼻の先だ。エンジュの町を歩き、キキョウシティに入る。
「どこら辺にいますか?」
 アスアはランスの持っているポケギアを覗きこみ、レーダーを確認しようとする。しかしね小さな画面に図形があるだけで、一体何を示しているのかは分からない。
 それを察したのか、ランスが小さく溜息を吐いた。
「北東ですよ」
 アスアは北東の方角を見た。そこには塔が聳え立っていた。
「ランス様、マダツボミの塔に入ったみたいですよ。行きましょう」
 当然のことながら、二人だけでマダツボミの塔は制圧できないので、真面目に登っていくしかない。ランスは心底面倒臭そうな顔をした。



 マダツボミの塔に入るや否や、ブラッキーがボールから飛び出す。やる気満々にブァーと声を出し、毛を逆立てる。
「お嬢さん、マダツボミの塔はシングルバトルだよ」
 入ってすぐのところにいたおばあさんにそう注意されるが、アスアはお構いなしに嘘を吐く。
「兄です。彼はトレーナーではないので。おばあちゃん、私、頑張るよ」
 ランスが愛想笑いに見えない愛想笑いを浮かべて、やり過ごそうとしている中、アスアは勢いが大事だということで、ランスの細い指を掴んで一階を走り抜ける。アスアの手よりもランスの手の方が遥かに大きく、またランスの指の長さが長いせいで指を掴むことになった。
 二階まで登ると、ランスの指を離す。頭が良く、親子二代に渡り付き合わされているせいで、アスアが何を感じて何を考えてこのような行動をとったのか、訊かなくても分かってしまったランスは、咎める気にもならなかった。
 そんな二人の前に、一人の僧が現れる。
「我々が暴れてもこの塔はびくともしません」
「存分に暴れさせていただきます」
 アスアは、僧がマダツボミを出したと同時にブラッキーに指示を出した。


 アスアは騙し討ちだけで、ほとんどの僧を乗り切った。ランスは黙ってアスアのあとを歩いていた。ただ登って行くだけではなく、降りて登るようなこともしなくてはいけなかったため、どちらかというと移動の方が大変だったと言えるだろう。
 何せ、アジト内では常にボールの中に入れられているブラッキーは、兎に角走る。ランスは走る気はさらさらなく、アスアを先に行かせて僧との一戦が終わった頃に追いつくというような状態だったが、アスアはブラッキーについて行かなくてはいけない。
「ブラッキーよりも私が疲れたんですけど」
「あなた、自分で行きたがっていたでしょう」
 最上階への階段を登りながら、そのような会話をする。そして、最上階に足を踏み出すと、ずらりと並ぶ僧の向こうに、赤い髪と黒い髪が見えた。
「俺にとって大事なのは、強くて勝てるポケモンだけ」
 自分やヒビキに背を向けて強くて勝てるポケモンについて演説しているシルバー。強くて勝てるってどんなポケモンだよ、とアスアは尋ねたかったが、後ろにランスがいるためやめた。
 アスアも一応は危険な賭けは犯さないに越したことはない、と思っている。
「迎えに来たよ、シルバー。さぁ、帰ろう」
 大声で言うと、シルバーとヒビキが振り返った。
「俺は嫌いなんだよ、弱いやつがよってたかって……」
 シルバーは、またお前か、というような露骨な表情を浮かべた。まさか、その言葉がアスアの導火線に火を付けるなど思ってもいなかった。
「弱いやつ? 私に負けておいて?」
 僧の前を素通りし、呆然としたヒビキの前を通過し、シルバーに近付くと再び尋ねる。
「もう一度言ってみなよ。弱いやつがよってたかって? 弱いやつって何? 具体的に定義を言え」
 日々、ランスの笑顔が、と思っているアスアなのだが、彼女の笑顔も相当のものである。
「いくら破壊されようとも壊滅寸前になろうとも……そうだね、たとえ壊滅しても甦るものが強いんだ。でも、それは一人の人間の力だけでは不可能なんだよ。分かる? シルバー。死んだのに甦る人間なんて聞いたことがないよね」
 胸倉を掴みかからん勢いで息もせずに喋り続ける。流石のシルバーも戸惑った。そのようなことは予想していなかったのだ。
 舌打ちし、穴抜けのひもを取り出す。アスアが、あっと声を上げる間もなくその場から姿を消した。
 アスアはランスとブラッキーと目を合わせ、下に降りることを確認すると、ヒビキに向かって言った。
「ヒビキ、今は忙しいけど、また今度バトルしようね」


 マダツボミの塔を下りる途中、頭が冷えてきたアスアはランスに怒られるのではないかと思い、不安だったが、ランスは特に何も思っていないようだった。
 ランスの性格から、何となく察してしまったアスアは、これからのロケット団のより良い発展のために、ランスに尋ねる。
「ランス様、私はアポロ様に告げ口することはありません。シルバーについてどうお思いますか?」
 ランスは空を仰ぎ見た。そして、あっさりと言う。
「シルバー様がロケット団にいようがいまいが変わらないと思います。時間を割く価値があるとは思えませんね」
 ランスは現実的性格だ。
「あなたも同じですよ、アスア。シャク様の娘であり、他の幹部がどれだけ優遇しようとも、私はあなたの実力だけで評価します」
 ランスは、シャクの娘であるため、アスアを気にかけている。それは、アスアも知っている。しかし、ランスはシャクの娘だからといって贔屓することはない。仕事が少ないのは、その方が効率が良いからである。もし、アスアに回した方が効率が良い仕事が増えれば、アスアの仕事は容赦なく増えるだろう。
「了解しました」
 エンジュシティのスズの塔が見えていた。歌舞錬場の前を通りかかる。落ち着いたエンジュの街並み。
「昼はエンジュで食べますか」
 太陽は高く昇っている。ランスの言葉に、アスアは目を輝かせた。
「蕎麦か饂飩ですね」
 マダツボミの塔で暴れ足りないブラッキーが、アスアに飛びかかり、アスアはそれを腕だけで防ぐ。
「少し分けてあげるから、落ち着いて」
 ブラッキーは、フンと鼻を鳴らしたが、アスアは笑った。ブラッキーはただ暇で襲いかかったのだが、アスアに止められた上に自分のことがお見通しだったことに腹を立てているだけだということをアスアは理解していた。



 蕎麦屋に入っていく二つの影、それを見ている者がいた。
「随分意地っ張りなブラッキーですなぁ」
 ブラッキーの漆黒を撫でながら、くすりと笑う美しい女性。
「あんさんとはまた違った子のよう……」
 いきなり飛びかかり、意地を張るブラッキー。彼女の持つブラッキーが絶対に見せないような態度だった。
 しかし、それよりも彼女が興味を持ったのは別のことだった。
「面白い子やなぁ。うちにも一度来てほしいわ」
 ブラッキーの動きを止めた少女。自分のブラッキーのスピード、気配。全てを知っているかせこそ、彼女は自分のブラッキーと互角にやりあえるのだ。
 蕎麦屋の暖簾が揺れていた。

 

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