道端に咲く花



 ある日、お母さんは言いました。
「アスア、もうお父さんは帰って来ない。引っ越しましょう」
「なんで?」
 私はお母さんにとても残酷なことを尋ねました。
 それから、私たちの生活はどんどん苦しくなり、ボロボロの長屋の狭い部屋で、僅かな食べ物だけで生活しなければいけませんでした。
 幼い頃から父親がいなくて、また、生活が苦しかったことからいじめられていた私には、たった一匹友達がいました。それは、お母さんのスターミーでした。しかし、私はスターミーにさよならを言わなくてはいけませんでした。
 理由を、お母さんは教えてくれませんでした。
 ある日、お母さんが体調を崩してしまいました。私は水を汲みに行ったり、果実を探しに行ったりしました。お母さんがいつも私にしてくれたように、お母さんの傍にいました。
 私は、お母さんがきっと元気になると信じていました。
 しかし、お母さんは眠りについてから、ついに目覚めませんでした。お母さんが眠りについた翌日、男の人がやってきました。
「アスア、お前のお母さんは死んだ。私はアスアのお父さんの友達だ」
 お父さんの友達という人は、お母さんの御墓を用意してくれました。私はお母さんの御墓がどこにあるのか忘れてしまいましたが、お父さんの友達は、小さなお葬式もやってくれました。
 その方の名前は、サカキ様でした。
 サカキ様は私をロケット団に連れて帰りました。そして、私はサカキ様に、サカキ様の息子と友達になってくれるよう頼まれました。
 サカキ様の息子であるシルバーと私はすぐに仲良くなりました。
「―――のところに行ってくる」
「シルバーは忙しいね」
 シルバーは私と違って忙しく、よく……名前を忘れてしまいましたが教育係の男性のところへ行ってしまいました。
 それでも、私とシルバーはたくさん遊びました。あの日までは。
「ロケット団が解散した?」
 私はその報を聞くなり、すぐにシルバーを探しました。しかし、シルバーを見つけることができませんでした。私は、サカキ様に直接お尋ねするために、一人でトキワシティのジムまで走りました。
「サカキ様……」
 間違いであってほしいと、心の底から思っていました。
 そして、私はトキワシティのジムの前で、ジムから出てきた少年と対峙します。
「サカキ様に何をした?」
「ねぇ、落ち着いて……」
 "困りきった"という顔をした少年、その少年の名前は、レッドと言いました。



 ヒビキはウツギ博士からヒノアラシを受け取り、ポケモンじいさんの住む家まで歩いていた。丁度ヨシノシティを出たところだった。もう少しで目的地に着く、というときにその少女は現れた。
「ねぇ、赤い髪の少年、年は君ぐらいの子、知らない?」
 黒い髪をお団子にした少女が走ってきた。後ろに続くのは、クサイハナにクロバット。
「その子かどうかは知らないけど、ワカバタウンの研究所の横にそんな子がいたような気がする」
 ワカバタウンにいた感じの悪い見知らぬ少年。滅多に他人の来ない田舎には珍しい人影だった。ヒビキはいきなり話しかけられて驚いたが、そう答えた。
「ワカバね、ワカバタウン。ありがとう、少年」
 少女はそのままヨシノシティの方へ走っていこうとしていた。しかし、ふぎゅっという音とともに、少女はいきなり小さく悲鳴をあげて倒れた。ヒビキが驚いて近付くと、足元にはビードル。そして、少女の足は紫色に腫れていた。
 間違えてビードルを踏んでしまい、毒針をお見舞いされたのだ。
「大丈夫? 毒消し持ってる?」
 足を抱えている少女を、クロバットとクサイハナが心配そうに見ていた。
「持っていないから、ヨシノシティまで戻るよ。ありがとう。いきなり引き止めてごめん」
 少女はそう言って、クロバットによじ登ろうとするが、足を庇ってすぐにずり落ちてしまう。
「すぐそこにポケモン爺さんの家があるから、呼んでくるよ。じっとしていないと、毒がまわるから。待っていて」
 ヒビキはポケモンじいさんの家まで走った。



 サカキの息子であるシルバーかヨシノシティで目撃された、という情報をロケット団は手に入れた。しかし、それ以外の情報はない上、情報の真偽も怪しい。シルバーは重要だが、人員を割ける余裕がないため、資金稼ぎが書くなくなって暇なアスアにシルバー捜索の任務が回ってきた。すっかり身長も伸び、顔立ちも変わってきたアスアは、ピンク髪ではなくても歩き回れるようになっていたということも、理由の一つだ。
 アスアはワカバタウンで見かけたという少年が、まさかシルバーであるとは信じていないため、のんきに治療をして貰っていた。
「ビードルめ、ちっちゃいくせに」
 ヒビキという少年と、ポケモンじいさん、そしてたまたまそこにいたオーキド博士にお礼を言い、自己紹介する。自分の名前を聞いたときに顔色が変わったオーキド博士を見なかったことにして、アスアはしゃがみこみ、自分に毒針をお見舞いしてくれたビードルの目線に合わせ、そう言った。
「毒は慣れているんだけどなぁ。やっぱり、ビードルの毒には耐性がないからかなぁ」
 クサイハナとクロバットの毒とは違うんだね、と言って笑う。
「アスアはポケモントレーナーなの?」
「トレーナーじゃないけど、ポケモンは持っているよ。三匹だけだけど」
 この子たちとブラッキーを持っているんだ、と笑う。
「僕はこの一匹、ヒノアラシだけだよ」
 ヒビキはヒノアラシを撫でた。
「いいじゃん、ヒノアラシ。可愛いよ。まぁ、自分のポケモンが一番可愛いけどね」
 アスアは、クロバットとクサイハナを呼び寄せて、得意げに笑った。


 アスアは自分のポケモンを出した。ヒノアラシと楽しそうに遊ぶ姿は、アスアの気持ちを和ませた。
「アスア、君はロケット団幹部シャクの娘のアスアかな?」
 しかし、それはオーキド博士の言葉によって遮られた。クサイハナとクロバットの動きも止まる。ブラッキーは毛を逆立て、敵意をむき出しにした。
 空気が固まった。
「確かに、私の父はロケット団幹部シャクです」
 アスアはひんやりと言った。
「そうむきにならんでくれ。わしは父の罪と娘は別物だと思っておる。シャクのポケモンも、シャクと離れることを嫌がったようじゃ。手持ちのポケモンと仲が良いのは、父親の影響かな?」
 しかし、オーキド博士の弁解もアスアは無視した。
「私は父親に直接会ったことはありません。母は私が幼い頃に他界しました。おそらく、関係ないと思います。では、私は探し人がいるので失礼させていただきます。ありがとうございました」
 アスアは一気に言い終わると、オーキド博士が再び口を開く間もなくポケモンたちをボールに戻し、失礼します、と言って踵を返した。
 暫く歩いたところで、空を飛んでワカバタウンに行こう、とクロバットを出そうとした時、大きな足音が近づいてきた。
 ヒビキである。ヒビキはアスアに追いつくと、今から僕もワカバタウンに戻るから、一緒に行こう、と言って笑った。
「僕、お父さんいないんだよ。でも、お母さんはいる。辛かっただろ、両親がいないって」
 そして、アスアの父親がロケット団云々というところには一言も触れず、ただアスアに同情してくれた。
「うん、でもいいよ。面倒見てくれたり、気にかけたりしてくれる人がいるからさ」
 アスアがそう言い終わると、ヒビキのポケギアが突然なり始めた。ヒビキは慌ててポケギアを開ける。
「えっ、はいっ、はい……」
 ヒビキはほとんど聞くばかりで、ポケギアを切る直前に分かりました、とだけ答えた。
「急いでワカバタウンに行かないといけないって……って、え?」
 丁度ヨシノシティから出ようとした時だった。ヒビキはポケギアで呼び出されたことについて話し、そして突然現れ、自分を睨みつけている赤髪の少年に驚いた。
 しかし、ヒビキよりもアスアの方が驚いていた。
「シルバー、こんなところで何しているの?」
 アスアは、まさか本当に会えるとは思っていなかった。赤い髪の少年は、大きくなっているものの見間違えることはない。
「お前、誰だ?」
 しかし、シルバーの方はアスアのことを忘れているようだった。
「アスアだよ、シルバー。思い出してよ、一緒に遊んでくれたじゃん。一緒に帰ろう」
 アスアがそう言うと、漸くシルバーはアスアのことを思い出したようだった。
「俺は一切関係ない。ああ、言っておくが、親父の行方も知らないからな。あんなやつ、誰が探してやるか」
 しかし、アスアの言ったことを断った上で、繋がりを否定した。
「それはそうと、お前、研究所でポケモンを貰っていたな。お前みたいな弱いやつ……」
「初対面で弱いってきつけるってどういうこと?」
 アスアは自分がシルバーに相手にされていないことに気付いた。アスアは噛みつく。
「アスア、五月蝿い。お前、まさか何言われているか分かっていないのか?」
 しかし、シルバーはアスアに向き合おうとせず、ただヒビキの方に言っていた。
「意味分からないのはシルバーだよ」
 アスアが不快さを露わにすると、シルバーはとうとうアスアを無視した。
「仕方ない、俺も良いポケモン持っているんだ。どういうことか教えてやるよ」
 そして、ポケモンバトルが始まった。



 ヒノアラシとワニノコ。もし、ワニノコが水タイプの技を覚えていて、ヒノアラシが炎タイプの技だけしか覚えていなかったら、ワニノコが勝つだろう。しかし、ワニノコもヒノアラシも、それぞれ体当たりと引っ掻くして覚えていない。
 結局勝ったのはヒビキだったが、アスアからしてみれば面白みの欠けるバトルだった。
 ポケモンを貰ったばかりなのだから仕方がないが。
「フン、勝てて嬉しいか?」
 負けたのに関わらず、相手に敬意を払うことのないシルバー。唇を固く結んだヒビキ。アスアは二人を交互に見ながら、好戦的な笑みを浮かべた。
「ねぇ、シルバー。私とバトルしよう。もし、シルバーが勝ったら私はシルバーと一切関わらないよ」
 アスアはバトルをしたくなったのだ。バトルをして、シルバーに勝てば、自分の話を聞いてくれるだろう、とアスアは思った。
「絶対勝ってやるから」
 シルバーがアスアの顔を見た。手ごたえを感じたアスアは話を進める。
「形式はダブルバトル。私は手持ちが三匹いるけど、今回二匹しか使わない。ヒビキはシルバーと組んでよ」
 シルバーとシングルバトルでも構わなかったが、それでは面白くないのだ。
「誰がこんなやつと……」
 案の定シルバーはヒビキと組むことを嫌がった。
「一匹じゃダブルバトルはできないよ」
 アスアはにやりと笑った。



 とりあえず、二人をポケモンセンターに行かせて、それから勝負を始める。二人のポケモンはワニノコとヒノアラシ。
 アスアはクロバットとクサイハナを繰り出した。
「ゴルバット、怪しい光」
 圧倒的素早さを誇るクロバットが、先制攻撃を仕掛ける。彼らのポケモンとのレベル差があれば、一度攻撃しただけで勝てるのだが、それでは"面白くない"。
 とりあえず、ワニノコを混乱させる。
「クサイハナ、痺れ粉」
 そして、次の攻撃はクサイハナである。痺れ粉をヒノアラシに使う。ワニノコ、ヒノアラシ両者ともに次のターンは動けない。
「ゴルバット、怪しい光。クサイハナ、痺れ粉」
 さらに、追い打ちをかける。今度はワニノコに痺れ粉、ヒノアラシに怪しい光である。そして、次のターンも封じられた二匹を詰める。
「ゴルバット、クロスポイズン。クサイハナ、メガトレイン」
 アスアの圧勝だった。


「ちっ、お前が弱かったからだよ」
 それだけ言って走り去っていくシルバーの背中に、
「私から見てみれば、両方、"今"は弱いけどね」
 そう言って笑う。そして、その後ろポケットに"あるもの"が入っているのを確認すると、アスアはクロバットに命じた。
 クロバットは持ち前の素早さで、シルバーに近付き、後ろポケットからトレーナーカードを抜き取った。それも、シルバーに気付かれずに。
 アスアはトレーナーカードを受け取ると、カードの間に、小さなチップを押し込む。柔らかい厚紙に発信機が食い込んだのを確認すると、チューブから接着剤を出し穴を塞ぐ。
「シルバー、トレーナーカード忘れているよ」
 そう言って、何事もなかったかのようにシルバーに向かってトレーナーカードを投げる。
「ねぇ、アスア、さっきのって?」
 恐る恐るヒビキが尋ねる。
「発信機だよ。私、勝負に勝ったからね」
 アスアは爽やかな笑顔で答えた。
「じゃあね、ヒビキ。今日はありがとう。また強くなったら教えてね。今度はシングルで戦おう」
 そして、アスアはそう言ってクロバットの背に乗った。



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