花びらの舞


 ランスが食堂の席に着くと、隣にアテナが座った。ランスが珍しいと思う間もなく、アテナは座るや否や、挨拶よりも先に言った。
「ランス、シャクジュニア借りていいかしら?」
 部下の貸し借りはよくあることである。目を輝かせているアテナ。ランスはアスアを何に使うのか尋ねような一瞬迷ったが、面倒だったためやめた。
「アスアですか? 今日は何もないはずですから、構いません。どうぞお使いください」
 さらりと言うと、アテナは何も食べずに勢いよく立ちあがり、再び食堂の入口の方へ歩いて行った。
「レイキ、ちょっと来なさい」
 丁度食堂に入ろうとしていた自分の部下を呼び寄せる。
「おはようございます、アテナ様、何かご用が?」
 アスアと笑いあっていたレイキは、すぐに笑みを消してアテナの方へ近づいて、そう言った。
「アスアを借りることになったから、しっかり連れて来なさい。ランスの許可は得ているわ」
 耳元に囁くかのような声でアテナはそう命令した。レイキは一瞬怪訝な顔をしたが、了解しました、とだけ答え、首を傾げているアスアの方へ戻って行った。



 ランスの許可が下りているということで、アスアはのこのことレイキの後についてアテナの下へ向かった。
 アテナは実験施設にいた。
「レイキ、感謝するわ。アスア、ようこそ、実験施設へ」
 アスアはアテナに笑顔で迎えられた。巨大な機械に囲まれた灰色の施設だったが、純白の団衣に赤い髪のアテナに笑顔を向けられれば、気分も良くなる。
「おはようございます、アテナ様。何なりとお申し付けください」

「少しこの機械に不具合を発見したのよ。そこにマルマインがいるでしょう。それが動力源になっているから、気絶させて欲しいの。ただし、一つ条件があるわ。大爆発だけはさせないでくれるかしら」
 アスアはぎくりとした。わざわざ自分が呼ばれたということは、ブラッキーを持っていることがランスから漏れたのではないだろうか、と。アスアが恐れていることは、ブラッキーが取り上げられることだけではない。
 しかし、そうではなかった。
「当然、あなたの持っているポケモンだけでやれっていっているわけじゃないわ。ナゾノクサを一匹貸すわ。もし、マルマインを気絶させることができたら、このナゾノクサはあなたにあげる」
「分かりました」
 アスアは小さく溜息を吐くと、アテナからモンスターボールを受け取った。頭の中でシュミレーションを描きながら、目の前のマルマインを見る。
「あんたは素早いから、いけるかもね」
 自らとやりあったことがあるからこそ分かるのだ。ゴルバットがどれだけ素早いかということを。
 さっとモンスターボールを二つ投げる。
「ゴルバット、怪しい光」
 ゴルバットは風を切る。抜いた、とアスアは確信した。ゴルバットは、マルマインが攻撃するより前に攻撃する。そして、マルマインは攻撃直前までいっていたが、混乱して技が出せず、それどころか、自分の作ったソニックブームに自分で当たっていた。
「ナゾノクサ、麻痺させて」
 ナゾノクサに指示を出す。ふわりと漂う麻痺の粉。マルマインの動きが鈍る。
「ゴルバットかみつく。ナゾノクサ、溶解液!!」
 怯みと混乱と麻痺で、マルマインは攻撃ができない。当然のことながら大爆発も使えない。ほどなくして、マルマインは倒れた。


「素晴らしいわ、アスア。ナゾノクサはあなたにあげるわ」
「ありがとうございます。強く育てます」



 ランスの中では、アスアはシャクよりはずっと普通の子だという認識だった。尤も、アスアがシャクの娘だと知る前は普通だとは思わなかった。つまり、シャクの娘にしては普通だということだ。
 ズバットとプロレスごっこをして大怪我をしたアスアのどこに"普通"を見出したのか。そこから、シャクの変人さがうかがえるはずだ。
 しかし、それはすぐに崩壊する。
「あなた……何していらっしゃるのですか?」
 滅多に人の通らない廊下に、のっぺりと横たわっている少女と、その周囲を飛びまわるナゾノクサ。
「体が痺れました。助けてくださいませんか?」
 寝ているのかと思えば、起きているようだった。
「何をしていたのですか?」
 飛びまわるナゾノクサと力なく横たわる手足に、何となく予想はついていたが、ランスは一応尋ねた。
「ナゾノクサと遊んでいました」
 訊いておきながら、ランスはアスアの言葉を無視して尋ねる。
「顔は麻痺していないようですね。どこが麻痺しているのですか?」
 喋ることができているのだから、少なくとも顔は麻痺していないということだ。
「手と足です」
 ランスは徐にスプレーを取り出した。スプレーには、"麻痺直し"と大きく書かれている。
「それって、ポケモン用ですよね」
 しゃかしゃかとスプレーを振るランスに、アスアはそう言った。
「人間はナゾノクサの痺れ粉で麻痺することはありません」
 アスアはポケモン同然だと思ったランスを、責める人はそれほど多くはないはずだ。プシューと肌の露出した部分に、スプレーをかける。手袋をしていないせいで、露わになっている腕と、ミニスカートとブーツの間にふきかける。後者にふきかけているときに、アスアのポケットがもぞもぞと動いたが、ランスは無視した。
 当然のことながら、彼女のポケットに入っているのはモンスターボールである。
「助かりました。これ、即効性ですね。バトル用だからでしょうか」
 スプレーを吹きかけ終わるのと同時に、アスアはもぞもぞと体を動かし、立ち上がった。
「アテナがあなたの異動を希望していました。アテナ班に行きますか?」
 ランスの言葉が不意打ちだったのか、アスアは一瞬呆けた顔をした。
「その場合、事務処理は必須ですよね」
「事務処理以外の何をなさるつもりなのですか?」
 ランスが意地悪く尋ねると、アスアは居心地の悪そうな顔をした。
「ところで、そのナゾノクサは?」
 アスアが昔から持っていたにしては、いかにもレベルが低そうなナゾノクサ。アスアはナゾノクサの体を抱き、ランスを見上げると、言った。
「アテナ様にいただきました」
 ナゾノクサを体を使って抱えなければいけないような体の大きさは、体格の良かった父親とは似ても似つかない。
 しかし、アスアはシャクに似ている、とランスは思った。
「ランス様、次の任務からその次まで、少し間が空きますよね。遠出をしたいのですが、よいでしょうか?」
「構いません。どこに行くのですか?」
 ランスがそう尋ねると、アスアは笑った。
「実家の様子を見に行こうと思います」
 ナゾノクサが不安げにアスアを見ていた。

 

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