最上階の交差


 ラジオ塔の上まで登ると、閉まっているはずの場所が空いていた。慌てて開いている方へ向かい、四階に駆け上がる。
 そこには丁度ランスがいた。
「階段を駆け上がったら、上司が負けていました」
 そして、丁度ヒビキに止めを刺されたところだった。
「アスア、遅いです」
 ランスは不機嫌そうな顔で言った。アスアの呟きが聞こえたらしい。アスアは、階段から降りるランスと入れ違いになるかの如く、ヒビキの前に立ち塞がった。
「ヒビキ君、勝負をしよう」
 サカキを負かされたところを見てしまっていたため、アスアは闘志満々だった。そのためか、ヒビキは何も言わずに頷き、ボールからエーフィを出した。
 アスアはクロバットのボールを出した。しかし、クロバットを出すよりも前に、腰についているボールが、いきなり開いた。
「ブラッキー、出てきちゃ駄目って……」
 ロケット団に入ってから、ブラッキーはボールから出さないと決めた。ポケモンを傷つけるために、ポケモンであるブラッキーを使いたいとは思わなかった。だから、アスアはブラッキーを使いたくない。
 しかし、ブラッキーはボールに戻ろうとしない。
「戦いたいの?」
 ブラッキーは頷いた。
「じゃあ、いくよ」
 ヒビキはエーフィーが相性が悪いのかと思ったらしく、ポケモンを入れ替えた。出てきたのはメガヤンマである。
「ブラッキー、あくびして!!」
 ふわーん、とブラッキーが欠伸をする。見るからに素早そうなポケモンだが、ブラッキーの方が勝っているらしい。メガヤンマは、攻撃するよりも前に眠ってしまった。
「耐えて!!」
 ブラッキーにそう指示すると、攻撃したい気持ちを抑えているのか、紅い光りを帯びた。ヒビキは何が起こっているのか分からないらしい。とりあえず、薬をメガヤンマに使った。
「メガヤンマ、原始の力」
 ぐわん、という音と共にくる衝撃にブラッキーは仰け反った。しかし、ブラッキーは攻撃しない。ただ、紅い瞳でメガヤンマを見据えているだけだった。そして、再びメガヤンマが原始の力を使おうと身を捩った時だった。
「ブラッキー、しっぺ返し」
 ブラッキーが飛び出した。


 ランスは、下っ端たちを撤収させると、四人分の私服をコガネで調達して戻ってきた。四階に上がると、アスアとヒビキが戦っていた。それも、丁度バクフーンが倒されたところだった。
 バクフーンを倒したのはブラッキーだった。
 赤く光る美しい肢体は強力な技に耐え、繰り出される技は強大だった。目の前の少年のポケモンと強さの桁が違う。バクフーンに続いて、デンリュウ、エーフィに止めを刺す。
 圧倒的な力の差があった。


 アスアはブラッキー一匹でヒビキのポケモンを倒した。
「アスアさんのブラッキー、強いですね」
「レベルが違うからね」
 アスアはそう言って、ブラッキーをボールに戻した。ブラッキーは満足したようだった。
「でも、ヒビキ君も強くなるよ、きっとね」
 負けると分かっても諦めないから、という言葉を心の中で続ける。
「コトネちゃんを助けてくれてありがとうございました。コトネちゃんが、あの後アスアさんがどうなったか心配していたんですけど……」
 ヒビキの言葉に、ああ、とつい最近あったことを思い出す。
「上司に地下牢に入れられたけど、まぁどうにかなりました」
「大丈夫だったんですか?」
 センターに駆け込むヒビキの後ろ姿を見送ってから、アスアは入れ違いに入って来たランスに言った。
「格闘タイプのポケモンがいなくて良かったです。私たちも撤収しましょう。アテナ様とアポロ様も彼には負けるでしょう」
 アスアは酷く興奮していた。本気の勝負だったからだ。走りつつ、気分が高揚したままランスにそう言った。そのまま手掛かりを知られないように、テーブルの書類を回収する。
「どういうことですか?」
 ランスは冷静に説明を求めた。
「バトルだけだったら下っ端同然のランスさんには分からないかもしれませんが、彼は御二方よりも強いです。ポケモンの数が違いますし、彼はトレーナー。バトルのプロですよ。ついでに言っておきますが、マタドガス、大爆発を覚えさせないと戦力になりませんからね。だから、ラムダさんよりも弱いんですよ。分かります?」
 アスアは気分が高揚していた。そりため、普段よりも饒舌になっていた。
 饒舌なアスアは不敬以外の何物でもない。
 それでも、アスアはランスが突然口を開かなくなったことに気付いた。ふと隣を見ると笑っている。やってしまった、と思った時には遅かった。
 ランスは、アスアの顔が青くなったのを確認してから話し始めた。
「ブラッキーやイーブイは珍しいポケモンです。孤児が手に入れることのできるポケモンではありません。私は疑問に思いましたが、あなたが敢えて避けていることに気付いたので、尋ねませんでした」
 裏を返せば、今はアスアが地雷を踏みまくったので、気を遣って尋ねないでいる必要はなく、また、アスアは答える義務があると言うことである。
「お気遣いありがとうございます」
「どういたしまして」
 ランスはさらりと言った。
「私はあのポケモンをポケモントレーナーから貰いました。その方は私にポケモントレーナーになって欲しいと思っていましたし、私もなりたいと思っていました」
 アスアはポケモントレーナーになりたかった。母親とスターミーを見ていたからなのか、それともその年頃の少女の夢としては相応しいものだったのか、アスアには分からなかったが、なりたいとは思っていた。
「ポケモントレーナーは、最初にポケモンを貰いますからね」
 ランスの相槌の後、アスアは小さな溜息を吐いた。
「私にポケモンをくれて人の名前は……」

「あー、君の名前はアスアっていうんだね。僕はレッド」

「マサラタウンのレッド」
 僅かな沈黙の後、ランスは口を開いた。
「通りで口を開かなかったわけですね。賢い選択です」
 動揺をしない冷静な声だった。
「彼は私に真っ当な人生を歩んで欲しかったみたいなんですが、彼が思っていたよりも人々の"ロケット団の娘"という認識は強かった」
「行く当てがなくてロケット団ですか」
「それに、サカキ様にはお世話になっていましたから」
 サカキ様はトレーナーになりたい、という夢も応援してくださっていましたからね、とアスアは笑った。


 書類の回収も終わると、アスアの予想通り、アポロもアテナもヒビキとのバトルに負けていた。失意のアポロと、かける言葉が見当たらない、といった表情をするアテナ。
「アポロ様、アテナ様、撤収しましょう。データと資料の回収はランス様がやってくださいました。あと、これが私服です。ランス様がコガネデパートに走って下さいました」
 そこに、勢いよくアスアが入って来る。大きな鞄を投げて、さぁさぁ早く、と急き立てる。
「アスア、あなた……」
「多分大丈夫だと思いますが、念のために着替えてくださいね。話は後です。警察来ていますから急いで下さい」
 アテナ様はこれで、アポロ様はこれですね、と鞄の中からコートやら帽子やらを取り出し、無理矢理押しつける。
「警察がやってきますから、皆さんケーシィのテレポートで逃げてください。私はケーシィを回収した後、クロバットで追います」
 ランスは、ケーシィを数個体キープしていた。また、ケーシィを事前に外部との交渉で手に入れた隠れ家にテレポートできるようにしていた。アスアはそれを聞いた時、とても感心した。
 ランスは抜け目がない。
「何故あなたが……危険よ」
「ですが、この人数を送る場合、誰かが残ってケーシィを回収する必要があります。それに、私がやるのが最善ですから」
 ケーシィは、一気にテレポートをするのは三人が限界だ。それ以上は体力的に不可能である。勿論、ケーシィ自身がその場に残ること前提で三人である。
 アスアはさあさあ、とアテナとアポロを急かす。そして、納得できていないような二人に、さらに付け加えた。
「私がヒビキ君の鼻をへし折ってやりましたので」
 アスアはにんまりと笑った。その笑顔を前に、アポロとアテナは顔を見合わせた。
「あなたにお任せします。この中で、一番強いでしょうから」
 後ろから、ランスの声が響いた。
 アスアは目を見開いた。ランスは反対はせずとも、自分が殿を務めることに賛成するとは思わなかった。
 ランスには、シャクという"前科"がある。
「ランス様は常に最善を選びますね」
 アポロ様のこと以外では、と心の中で付け足す。ランスはアポロのことになると、"最善"ではない判断を下す。
 アスアはランスへの尊敬に、当然のことだと理解しているものの、どうしても納得できないアポロと自分の扱いの差への不満を織り交ぜた。上司と部下、優秀なアポロの方をランスが優先するのはアスアでも理解できた。
 しかし、ランスはアポロを優先すると言うよりも、庇っている。
「当然です」
 そんなアスアの複雑な内面を理解しているのかしていないのか、ランスはあっさりと言った。
「アポロ様、ぼーっとしていないで!!」
 アスアは笑顔でアテナの戸になりにアポロを並べた。
「では、報告書はお願いしますよ、ランス様」
 それでは、とランスが持ってきたケーシィにテレポートを命じ、ケーシィをボールに収めるとすぐに、ボールからクロバットを出す。
 誰もいなくなった屋上、ガラスの向こうには打つ食い青空が見える。
「私たちも行こう、クロバット」
 アスアはエアスラッシュで窓を破壊し、屋上から一気に空へ出る。青い青い空の下には、無数の警察が見えた。
「怪しい光」
 青い空に紫色の光が飛ぶ。宣戦布告、逃亡劇の始まりである。


 撹乱するように怪しい光を飛ばし、軽くエアシュラッシュを放つ。ラジオ塔は大混乱である。
「もう少し頑張ろうか、クロバット」
 決して後をつけられてはいけない。徹底的に混乱させなくてはいけない。警察や住民を混乱させながら、アスアは周囲を注意深く見渡した。その時だった。
「もうコガネを好きにはさせんで!! キリンリキ、サイコキネシス」
「クロバット!!」
 コガネジム前にいたロケット団員も撤収したのだ。コガネジムリーダーのアカネが出てくることは当然のことだった。アスアはクロバットに高く舞い上がるように命じた。
「撤収するよ」
 空の高いところまで登ったまま、アスアはクロバットを走らせる。エンジュの二つの塔が見えてきたその時だった。
「君は、あの時のロケット団員だね」
 黄土色のドラゴンに乗ったマントの男。アスアは目を見開いた。不味い、とアスアは思い、クロバットに指示した。
「クロバット、急降下して」
 アスアは逃げ切ることができるとは思っていなかった。そして、アスアの予想は間違ってはいなかった。体が焼けるような感覚と共に、アスアはクロバットの体が離れていくのを感じた。落下している。
 さのまま強い衝撃と共にアスアは意識を手放した。



 ランスが確保したのは、キキョウシティの西側とコガネシティを結ぶはずだった地下通路だ。ウソッキーの存在で、キキョウシティとコガネシティの間の道は通ることができなかった。その道の代わりに、地下通路を作ったのだ。しかし、完成する寸前に、ウソッキーはいなくなってしまった。用済みとなって放置されていた地下通路をランスが安く買い取ったのだ。
 その地下通路には、様々な店を作る予定だったらしく、部屋も多く、とても広かった。
「大丈夫なんですか?」
「勝算があるかないかの見極めはできる子ですよ」
 一匹目を見ただけで、ワタルには敵わないということに気付く。ランスは、アスアの危機感知能力を買っていた。
「それに大体あの子は……」
 ランスがそう言いかけた時、背後から聞き慣れた声が響いた。
「おいおいおいおい、結局全員無事かよ……あれ、アスアは?」
 一応、裏切ったという形になっているラムダである。しかし、ここまで壊滅的な状態になっているのはラムダのせいではない。
「ラムダ!! 何故連絡を寄越さなかったの!!」
 アテナも、ラムダがヒビキにキーを渡したことではなく、既に隠れ家にいるという連絡を寄越さなかった方を怒った。まぁまぁ、とラムダは笑っていたが、それでもアスアの様子が気になるようで、ランスの方を見た。
「アスアは殿です」
 ランスはさらりと言った。
「はァ? ランス、お前アスアに殿を?」
「組織の最善です」
 ランスも、ラムダが何を言いたいかは分かっていた。ランスも迷わなかったわけではない。
 自分の選択で、人を失うのには決して良い気分はしない。

 

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