崩壊の悪夢


 アジトが騒がしい。噂によると、怒りの湖での実験が大詰めを迎え、またラジオ塔占拠の要綱が発表されたらしい。
「レイキはどうするって?」
 アスアは味噌汁を啜ると、そう尋ねた。
「俺はアジト待機」
「じゃあ、私と一緒だね」
 アスアはそういえばアテナ班はほとんど待機だったなぁ、と思いながらそう言った。
 アスアはレイキとは仲が良いが、班が違うため配属場所が重なることはほとんどない。
「ランス班はほとんどラジオ塔なんだろ」
「まぁ、ランス様にも意図があるらしくてさ」
 アスアはモンスターボールを傾けて笑った。


 基本的に配属は書類に書いてある。
「あなたはアジトで待機をしていてください」
 しかし、アスアは個人的に呼び出され、配属を言い渡された。書類関係については、アスアはランスに全く信用されていない。
「何故ですか?」
 しかしながら、ほとんどのランス班の団員がラジオ塔に配属されることをアスアは知っていた。そのため、その疑問が出てくるのは不自然ではなかった。
「そろそろ、彼がチョウジタウンに着く頃合でしょう」
 ランスはさらりとそう答えた。"彼"が指す人物はアスアにも心当たりがあった。
「私は対ヒビキ君要員なんですね」
 そう尋ねると、ランスは頷いた。
「最悪の場合、あなたが彼を止めている間に、撤収をおこないます。アポロには、このことを伝えていないので、動くのは私の班のアジト待機の団員だけです。ポケギアで一斉連絡をしてください」
 アスアは、とりあえずは了解しました、とだけ答えた。しかし、疑問が浮かんでいた。
「何故、アポロ様にお伝えしていないのですか?」
 ランスは組織の最善を選択する。組織の最善は、最高幹部のアポロに話をすることである。ヒビキを始めとする危険分子にアジトを制圧されそうになった時の対策は、組織全体で考えるべきである。
「アポロは全てが上手くいくと信じているからです」
 ランスの言葉は曖昧だった。
「納得できません」
 アスアはランスが説明したくないことに気付いたが、納得した振りはしなかった。
「あなたの言いたいことは分かります」
 ランスは不快そうに目を細めたが、アスアを責めるようなことはしなかった。
「あなたと私は比較的似ています。ですから、私の判断をあなたが理解することは容易いでしょう。しかし、アポロとあなたは違いすぎます」
 アスアにも分かる言葉で説明する。
「私の理解の範疇を超えたアポロ様が関わっているから、私には納得できないと言うことですか?」
 ランスはアスアの言葉に頷くと、話し始めた。
「彼は大学をトップで卒業したのです」
「大学って高校のあとに行くやつですよね」
 アスアも大学の存在は知っていた。頭の良い限られた人しか行くことのできない場所であることも知っていた。
「私は真面目に通ったのは小学校までなので。そして、あなたは小学校にすら通っていませんね。ですから、普通に下っ端を経験することになります。しかし、アポロ様は入団当初から幹部でした」
 ランスは淡々とそう言った。しかし、アスアは気分が高揚するのを感じた。
「そういうのをエリートって言うんですよね!」
 そのため、嬉しそうに言った。
「何がそんなに……」
 妙に機嫌がよくなったアスアをランスは怪訝そうに見た。
「ランス様って私と似ているのに凄いですね」
 アスアはランスと自分が似ているということが無性に嬉しかった。
「当然です。経歴は重要ですが、重視し過ぎてはいけないのです。たとえば、シャク様は大学を出ていらっしゃったのにデスクワークは壊滅的、さらには仕事をこなすスピートも遅く、不真面目な人でした。どうでもいいことですけどね」
「父がそんな人間だから、ランス様は仕事ができるんですね」
「間違ってはいないでしょう」
 ランスは鼻で嗤った。


 侵入者が現れたらしい。数人の団員を倒した時点で、アスアは侵入者がヒビキだと悟ったが、ヒビキのところに向かえずにいた。
 その理由はアスアの隠れている角の向こうにいる黄土色の鱗に覆われた愛嬌のある顔をしたドラゴン。アスアの見たことのないポケモンだった。しかし、アスアは一目でわかった。このポケモンは、ブラッキーをぶつけなければ勝てない。
 その主人だろうマントをつけた男は、ポケギアで誰かと連絡を取っている。
「予想外の戦力があります。早急にデータ回収と撤収を」
 ポケギアでランス班一斉に連絡する。
「具体的には?」
 すぐにラジオ塔にいるランスが冷静な声で尋ねてきた。
「黄土色のドラゴンです。おそらく、団内で止めることのできる人間はいません」
 アスアは一斉連絡を繋げたまま、声を押し殺して答えた。
「早急に撤収のためのデータ回収をお願いします。アスアはすぐにラジオ塔に来なさい」
 ランスの一斉連絡を確認してから、アスアはポケギアを仕舞った。さぁ、コガネに行こう、そう思った矢先だった。
「お嬢さん、どうしたのかな」
 先程まで、角の向こうにいたはずのマントの男と、可愛らしい顔をしたドラゴンが、すぐ隣にいた。


 ワタルはポケギアで他の四天王と連絡を取りながら、角から様子を窺ってくる団員に注意を払っていた。そのうち、ポケギアを取り出して、上司が誰かに連絡しているらしい。
 ワタルは団員がポケギアに気を取られているうちに近付いた。
「お嬢さん、どうしたのかな?」
 近づいてみるとまだ子どものようだった。十ニ歳ぐらいだろうか、とワタルは思った。いきなり話しかければ驚かれるだろう、ということを期待して話しかけたのだが、予想外にその子ども団員の反応は冷静だった。
「あなたと戦うなんていう無謀なことはいたしません」
 そう言いながら、モンスターボールを出しもしない。
「俺のことを知っているのか?」
 俺がチャンピオンと言うことを知ってのことだろうな、と思い尋ねてみるが、予想は裏切られる。
「知りません。ただ、あなたのそのドラゴンがとても強いこと分かります」
「見ただけで?」
 俺は驚いた。まず、俺やカイリューを知らないということと、その割にポケモンの強さなど、ポケモンをいつも見ていても分からないようなことを遠目で見ただけで理解する。
「ええ、私はポケモンバトルが好きですから」
 その言葉は、昔の記憶とシンクロした。


 数年前、ロケット団幹部を捕まえた。俺と勝負して負けたため、その男を捕まえることができた。
「じゃあな、ラス」
 俺との勝負に負け、警察に囲まれた時、その男は自分の唯一持っていたポケモンの目の前で、モンスターボールを踏み潰した。
 男のバンギラスは傷ついていたが、警察を蹴散らして森の中に消えた。俺は止めなかった。
「最高のバトルをありがとう。俺もラスも満足した」
 警察に拘束されながら、男は爽やかに笑った。
「ロケット団が言う台詞じゃないな」
 俺はロケット団らしくないと思った。ロケット団は、ポケモンを道具として扱う。しかし、こいつとポケモンの関係は、むしろ俺たちとよく似ているように感じた。
「俺、ポケモンバトルが好きだから」
 男はへらへら笑いながら答えた。
「バンギラス一個体にこれ程追い詰められるとは思っていなかった」
 俺は一瞬負けるかと思った。次々とポケモンが倒されて、最後のカイリューとの一騎打ちで負けた。バンギラスなんて、ギャラドスだけでどうにかなるだろう、と思っていたため、冷や汗をかいた。
「ラスは強いからな」
 男は、少しだけ寂しそうに笑った。
「ありがとう、チャンピオン」
 男の名前は、確かシャクと言ったか……



 ワタルには、シャクに訊きたかった質問があった。
「お嬢さん、何故あなたはロケット団にいるんだ?」
「生きるためですよ」
 その目には、一点の濁りもなかった。
「ですから、私は何でもやりますよ」
 俺は油断していた。異臭と共に粉がまかれる。俺は間一髪でそれを避けたが、次の瞬間襲ってきた猛烈な風で視界を奪われたのだ。
 草タイプのポケモンと飛行タイプのポケモンだろう。俺は少女団員が消えたであろう入口の方を見た。あの澄んだ目をしていた少女団員の姿はなかった。


 クロバットに乗って、青い空を飛ぶ。コガネシティまでは結構な距離がある。スリバチ山を見下ろしながら進む。何故だかとても嫌な予感がしていた。そう、三年前のあの日も、晴れた日だった。
 そう思っていた時だった。ピンク色のポケモンが突然現れたのだ。
 みゅう、と可愛らしい声でなくポケモンだった。薄い桃色の顔をきょとんと首を傾げる。アスアの見たことのないポケモンだ。
「君は何ていうの?」
 そう尋ねると、みゅう、と答えた。
「じゃあ、ミュウって呼ぶね」
 そう言うと、ピンク色のポケモンはミュウ、と嬉しそうに目を細めて頷いた。
 その次の瞬間、アスアの視界はぐらりと歪んだ。


 テレポートだ、と確信した時には視界が開けた。目の前にいたのはサカキだった。
「サカキ様、お久しぶりです。アスアです。覚えていらっしゃるでしょうか」
 驚きつつも挨拶をする。修行をしているということは聞いていたため、それ程驚かなかった。
 ミュウは姿を消していた。
「アスアか……今、ラジオ放送を聞いているところだ。よくこの場所が分かったな」
 ラジオには、ロケット団の放送が流れている。遠く離れたコガネシティにいるだろうアポロの努力を思うと嬉しくなった。
「サカキ様、すぐにラジオ塔に向かいましょう」
 サカキは頷いた。その時だった。
「アスアさん……」
 背後に突然現れたのは、ヒビキとコトネ。隣には、黄緑色の不思議なポケモンがいた。
「ヒビキ君、コトネちゃん、そこを通してくれるかな?」
 ヒビキとコトネは入口を塞ぐように立っていた。しかし、ヒビキは驚愕で目を見開いている。
「まさか……一年前……」
 コトネが呟いた。アスアは意味が分からず、目を細めることしかできなかった。
「アスアさん、ここはお通しできません」
 アスアはそう、とだけ答え、モンスターボールを出した。しかし、サカキがそれを制す。
「私が戦おう」
 アスアは素直に引き下がった。そして、ヒビキとサカキの戦いが始まった。
 サカキのポケモンは強かった。しかし、ヒビキのポケモンはその遥か上をいった。それは、あり得ない強さだった。
 何故だ、とアスアは必死に頭を回転させた。その時だった。ミュウの姿が脳裏に浮かび、そしてある単語が頭を揺らすかのように直撃した。
「時渡り……」
 アスアはヒビキとコトネを見た。二人とも、髪が伸び、背も伸びている。最後に見た時とそれ程時間はたっていないはずだ。二人は未来から来たのだ。
 結局、サカキは負けた。サカキはロケット団に戻らないことをヒビキに宣言すると、アスアの方を向いた。
「アスア、シャクに似たな」
「今はランス様の班にいます」
 アスアがそう答えると、サカキは笑った。
「そろそろ、世代交代すべきなのかもしれない、とお前を見ていて思ったよ。若い者は諦めが悪いからな」
「それだけが取り柄ですので」
 アスアはにやりと笑った。サカキが負けたのは悲しかったが、ヒビキとの実力の差は見ていてすぐに分かるものだった。
 サカキが去っていくのを見送ってから、アスアもその場を去ろうと思った。しかし、ヒビキはアスアを通さない。
「アスアさん、ここはお通しできません」
「一年後のヒビキ君、それは困るんだけど」
 困ったなぁ、でもポケモン勝負では負けそうだからなぁ、と思っていると、みゅう、という声がすぐ横から聞こえた。
「ミュウ!!」
 突然ミュウが姿を現した。姿を消していただけらしい。その次の瞬間、視界が歪み始めた。


「コガネシティ……」
 人気のない路地裏だったが、場所はすぐに分かった。
「サカキ様に会わせてくれてありがとう。そして、コガネまで連れてきてくれてありがとう」
 そう言うと、ミュウは嬉しそうに眼を細めた。
「今日は時間がないけど、また遊びに来てよ。ブラッキーは意地っ張りだけど、クロバットとクサイハナとは仲良くなれるかもしれないから」
 目の前には、ラジオ塔が聳え立っていた。青い空を貫くようなラジオ塔。アスアは嫌な予感がして仕方がなかった。

 

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