君の世界には存在するもの


「だって、保健委員だから」
 善法寺伊作は、血塗れの手をそのままに呆れるくのたまたちにふわふわと笑ってそう答えていた。忍たま六年生とくのたまの合同実習。戦場の真ん中で敵味方なく手当てする伊作を、同じ忍たま六年生は、気にも留めていない様子だった。立花仙蔵と潮江文次郎は帰路についたらしく、中在家長次と七松小平太は先程報告だけしてこの場を後にしていた。食満留三郎だけが、くのたまたちに囲まれる善法寺伊作を、名前とともに遠巻きに眺めていた。
 別に、くのたまたちを冷ややかに見ているわけでも距離があるわけでもなく、ただ単純に名前はその輪の中に入り損ねただけだった。他のくのたまたちと同じようにやるべきことをこなし、戻ってきたわけだが、道中で子どもを見かけてしまったのだ。ここが戦場になっていることを知らず、薬草を探す子どもに、戦場になっていることを教えた。そんなことをしている間に置いていかれ、慌てて同級生たちの後を追うと、彼らは善法寺伊作を囲んでいた。きっと敵味方なく人を助けていただろう伊作は、好奇の目に晒されても、柔和な笑顔を浮かべていた。
「伊作君、本当に忍者に向いていないよね」
 くのたまたちは口々にそう言ったが、善法寺伊作は憤るようなことはしなかった。
「よく言われる」
 人が好いと評される笑顔を浮かべ、善法寺伊作はそう返していた。興味を失ったのか、くのたまたちは伊作から離れていった。食満の横にいたせいか、名前は取り残されてしまった。
「おい、伊作、帰るぞ」
 同級生を追おうとしたが、食満が動き出してしまい、走りだしそうになった足を不自然に止めてしまった。どうしようか、と思ったのが顔に出たのだろう。
「名前さんも良かったら、一緒に歩いて帰ろうよ」
 ああ、そうだな、と食満が言う。名前の同級生のくのたまたちの姿は見えなくなっていた。ふらりと立ちあがって伊作を食満と挟んで歩きだす。森の中に入った時、子どもの泣き声が聞こえた。村の中にしては、あまりにも近すぎるところから聞こえてくる。
 三人で顔を見合わせ、泣き声のする方向に走る。藪をかきわけ、倒木を乗り越え、岩場を登ると、その下は崖になっていた。
「さっきの子……」
 崖の下で泣いていたのは、名前が薬草をとりに来ていた少女だった。名前の言葉に、二人はえっ、と驚きの声を上げた。
「戦場の方向に向かっていたから、帰るように言ったの」
 名前たちを見つけたのか、少女は泣きやんだ。今助けるからな、と食満が叫ぶ。
「名前ちゃん、下に降りることはできる?」
「ええ、勿論」
 名前は最初からそのつもりだった。もやい結びで縄を括りつけ、その先を善法寺伊作に渡す。そのまま下に降りて、少女を抱きかかえ、降りてきたもう一本の縄で結んだ。そのまま、ゆっくりと崖を登る。
 安心したのか、再び泣きだした。そのまま、三人であやしながら、村に送った。そして、その帰路、もうすっかり日は暮れていた。
「あー、よかったよかった。ほっとしたら、喉が渇いてしまったよ。留三郎、水分けてくれない?」
「仕方ねぇな」
 ほらよ、と食満留三郎が水筒を投げた。善法寺伊作はそれを受け取ると、ありがとう、と笑った。
「水、全部あげちゃってさ」
 水筒を持つ手からは、乾いた血がぼろぼろになって崩れていく。ぽりぽりと厚い爪でひっかく横顔は、夕陽のせいで陰になっていた。
「本当に、どうして人を助けるんですか」
 ただ、その場にいた食満の溜息に同調して出てきた、仕方ないなぁ、という言葉がすり変わっただけの言葉だった。いつものお決まりの答えが帰ってくると分かっている疑問を純粋に投げかけるようなことはしない。だから、まさか予想外の返答が返ってくるとは、名前は夢にも思わなかった。
「おかしいなぁ」
 くすくすとそう笑い、そして続けた。
「君だってそうするだろ」
 むしろ、何で君に訊かれないといけないんだ、と善法寺伊作はそう笑った。伊作の隣にいた、食満留三郎の目が一瞬丸くなった後、彼が再び深い溜息をつくのが見えた。
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