君の優しさ


「怖いよね」
 ひそひそと噂は流れる。聞こえないフリをしながら、もぞもぞする胃の中に食事を流し込む。誰かと話していれば気にならないが、生物委員会の当番のせいで一人の昼食だ。一年生の噂話が響いているように感じた。
 食堂を吹き抜ける春の長閑な風がひどく不快だった。
「おい、夢前三治郎、お前、ところ構わずカラクリを仕掛けるな」
 その噂話から注意を逸らしたのは、その噂になっていた人物その人だった。先生方の中で一番怖いと言われているのは木下鉄丸先生だが、忍たまの中で一番怖いと言われるのは、この五年い組用具委員長の名字名前。
 怒りっぽく、よく怒鳴るこの忍たまの評判は、一年生の中ではあまりよろしくない。
「保健委員は引っ掛かる。それに、解体して、片付けてやっているのは私たちなんだからな」
 一年坊主も夜遅くまで活動して、と怒鳴り散らす。反省していない表情を作り、横目で一年生たちを探すがその姿は見えなかった。思わず漏れそうになった舌打ちを抑えて、ごめん、と少し反省したように笑う。すると、名前は呆れたような顔をして、次はない、などともう何十回目になるのか分からない言葉と共に、食堂から出ていった。



 カラクリをしかけた廊下を中庭を挟んだ先の縁側から眺める。そのカラクリは床を踏んだら作動するもので、縄につるされるだけの単純なものだ。
 その廊下をパタパタと一年生が走る。引っかかるだろうなぁ、と口元に浮かぶ笑みを噛み殺しながら、それを眺めていた。
「おい、一年坊主」
 しかし、一年生はカラクリのすぐ手前で足を止めた。突然の荒く聞こえる声に、恐る恐る一年生が振り返る。
「気を付けろよ。危ないんだからな」
 慌てて謝り、怯えた顔で逃げるように去っていく一年生の後ろ姿を見て、名前が小さく溜息を吐いているのが見えた。
「随分と怖がられているね」
 縁側から中庭に降りて廊下に近づくと、名前はカラクリの手前に大きくバツ印の書いた紙を置いていた。重石にされているのは土だらけの角ばった石だが、その石が押さえているバツ印は筆をしならせて書かれたようなものだった。
「お前らがいるから構わない」
 柔らかい筆の痕跡が残る紙が風でぺらぺらと揺れる。名前は全く気にしていないようだったが、うっとおしいと思ったためその柔らかな白い紙の先を足で抑えた。
 紙のような薄い優しさに安心するなんて、ひどく愚かだと、そう思いながら。
「俺みたいなのだけじゃないから」
 カラクリのことを一つも触れず、踵を返してしまったその後ろ姿は、廊下をゆらゆらと揺れていた。
「でも、僕は……」
 名前の優しいところ、みんなが知ることができれば良いのに、って思うよ、と唇だけでそう呟く。そして、名前と違って優しくない僕は角ばった重石を蹴飛ばした。
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