星に向かって駆ける


 夏の大三角形は東の空に見える。町で一番タワーよりも西側には潮江文次郎の家がある。途中で不破雷蔵が突然迷い始めたり、犬にほえられたりしたが、何とか五人は潮江文次郎の家の前まで辿りついた。
 潮江家の玄関には潮江文次郎が座っていた。夕食を食べた後なのだろう、カレーの臭いがした。
「残念だな、外れだ」
 そして、五人が走ってくるなり、そう言った。
「本当ですか」
 そう尋ねる竹谷八左ヱ門に潮江文次郎は言った。
「後輩を意味もなく困らせて楽しむような趣味は持ち合せておらん」
 さぁ、さっさと次の家に行け、と言うかのようにそう言いきった。五人は顔を見合わせた。潮江文次郎と言う人物がこういう時に嘘をついて騙すような人間ではないことはよく分かっていた。
 しかし、それならば名字名前の言葉が間違っていたということになる。どうしようか、という空気が流れた。立ちすくむ五人の背後をサラリーマンが歩いて行った。
「八左ヱ門、名前はあの星と間違えたんじゃないかな」
 僕も名前も素人だから、と不破雷蔵が突然潮江家の隣の空を指差した。
 竹谷八左ヱ門は不破雷蔵が見上げている空を見上げた。潮江家のすぐ横を走る排水路のせいで一部だけ開けたその空には、沈みかけた三つの星が見えた。
 大きな三つの星である。西の空に沈みかけた大きな三つの三角形だ。
「あいつが見ていたのは夏の大三角形じゃなかったんだ」
 その声に、四人の視線が竹谷八左ヱ門に集まる。
「あいつが見ていたのは、春の大三角形だ。西側の空を見ていたんだ」
 正反対の方角かよ、と鉢屋三郎が額を抑えた。
「西側ということは、タワーの東側だから、善法寺伊作先輩の家か」
 尾浜勘右衛門が素早くスマートフォンを触ってそう言った。
 竹谷八左ヱ門は潮江文次郎の表情を見ようと先程まで彼が座っていた門の前に目をやったが、姿は見えない。
 五人は疲れ切っていたし、見当をつけた場所が間違っていたということはなかなか疲れた身には堪えることだった。
「天才鉢屋三郎を、補習常連竹谷八左ヱ門が破ったな」
 駅に向かって走るその道で、突然尾浜がけらけらと笑い始めた。
「俺すごいだろ」
 竹谷八左ヱ門が自慢げに笑った。
「勘右衛門、八左ヱ門をおだてるなよ」
 鉢屋三郎が怒ったように不機嫌に言い、不破雷蔵が宥めた。久々知兵助は竹谷八左ヱ門を褒めた。明るい駅には丁度電車が来たようで、たくさんの人が歩いてきた。



 善法寺伊作の家も駅から近い。しかし、七松小平太の家ほどは近くはない。慌てて走って家の前まで辿りつく。家に明かりがあるのを確認してから、呼び鈴を鳴らした。
 出てきたのは善法寺伊作ではなく、彼の母親だった。
「あら、伊作の言っていた通りね。さぁ、お入り」
 その言葉の意味を深く考えることなく、五人は家になだれ込むように入った。そして二回を目指す。二階に上がると一番奥に物置のような部屋があった。
 鍵を開けると、そこには小さな部屋があった。
「兵助、八左ヱ門、三郎、雷蔵、勘右衛門……ありがとう、良かった……」
 扉が開くと、生活ができるぐらいのものしかない小さな部屋からツナの臭いと共に名字名前が出てきた。
「ツナ缶と、ご飯しかなくて、ご飯上手く炊けなくて……」
 久々知兵助の腕を掴み、時折裏返った声で名字名前は泣きつくように話した。
「兵助、ごめんな、ありがとう」
 そして、そう言って顔伏せた。
「気にするなよ」
 久々知兵助は笑った。
「そういえば、こういう内側から開けられない鍵って珍しいよな」
 竹谷八左ヱ門はがちゃがちゃと鍵を弄りながら言った。
「食満留三郎先輩か」
 不破雷蔵が掌を拳で叩いた。丁度その時、隣の部屋の扉が開いた。出てきたのは六人の大川高校二年生だ。
「正解。この部屋は昔、下宿人のために改造した部屋で、その後使わなくっなたから、留三郎が鍵のとりつけの練習に使ったんだよ」
 必要な情報は、みんな持っていたはずだけどね、と善法寺伊作は笑った。食満留三郎は鍵屋の息子で、善法寺伊作と家族ぐるみの付き合いであることは全員が知っていた。そして、全員が善法寺伊作の家に遊びに来たことがあった。
 案内もされない部屋の確認などしているはずもないのだが。
「しかし、仲直りをして良かった。お前らは仲良くしていることが何よりだ」
 食満留三郎は満足げに笑った。そして、他の五人もそれに同意するかのように、良かった、と笑った。大川高校一年生の六人とは違い、普段、同じような表情をすることのない大川高校二年の六人だ。
「まさか、それが目的で?」
 恐る恐る久々知兵助が尋ねた。
「仲の良い一つ下の学年が喧嘩など、乗らぬ手はないだろう」
 にやりと人の悪い笑みを浮かべるのは立花仙蔵だ。
「面白かったぞ」
 七松小平太は屈託のない笑顔を浮かべた。そして、六人は何故かツナ缶をご褒美だ、といって一つずつ手渡した後、満足げに笑いながら帰っていった。その後ろ姿を呆然と見送った後、六人は善法寺伊作の家から出た。
 真っ暗な公園で名字名前が口を開く。
「ねぇ、兵助。ツナ缶ってどうやって使うのか分かる?」
「普通に開ければよいだろ?」
 久々知兵助は不慣れな手つきで缶を開けて見せた。
「その後は?」
 名字名前の言葉に久々知兵助が口籠る。
「こうやって油を切るんだ」
 全く、お前らは、と言いながら鉢屋三郎が外した蓋を缶の中に入れ込んで、沈めこむようにして油を出していった。名字名前と久々知兵助もそれに倣う。
「美味しいね、ツナ缶」
 六人はツナ缶を食べた。小指で上手く掬って、油が適度に切れた味の濃いツナ缶を堪能した。
 そして、この六人は前世では、あまり喧嘩をしない、面倒見の良い学年だと言われてきた。後輩に怒鳴り散らすこともなかった。言葉遣いも丁寧で、それに関して怒られたことなどなかった。先輩のことを影で呼び捨てで呼ぶなんてことはなかったし、暴言を吐くなんてこともしたことがなかった。
 それは今も同じだ。
「こんのクソ野郎ともがっ」
「俺たちの動きを把握していたのも腹立つ」
「卒業の時、ぱっとしない学年だって言われたの、まだ覚えているからな」
 制服も体もボロボロだ。
 真夜中の公園に、缶が地面に投げつけられる音が響いた。
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