綺麗だよ
私は男だから己の容姿にそれほど執心していたわけではない。しかし、周囲はそのように思っていたわけではないようだった。流行り病にかかり生死をさ迷った私は、旧友のおかげで何とか一命をとりとめた。
私は伊作に感謝した。しかし、伊作は酷く泣くのだ。私の顔に痘痕が残ってしまったと。その時に私はようやく痘痕を責めた。痘痕を憎んだ。だから、この顔を人目に晒すまい、知られまい、と思っていた。
名字名前が尋ねてきたのは、そんな日のことだった。伊作に私の居場所を聞いたということはすぐに分かった。ただ、卒業以来一度も私と顔を見せにこなかった女が、今頃になってここにやってきた理由は全く分からなかった。ただ、追い返す理由もない。
戸を開けると、彼女は黒い二つの穴の向こうから私を見ると、面をとった。
そして、幸せそうに笑った。
中へ通すと、足取り軽く部屋の中に入ってきた。茶を出している間中も、名字はずっと私の顔を見ている。その表情は数年間会っていない私でも分かるようなものだった。
「嬉しそうだな、名字」
そう言うと、そうだね、と名字は笑った。
「私はあなたの美しさを恨んでいたよ」
「妬みではないのか?」
何故、美しさを妬まれず恨まれなくてはいけなかったのかが分からなかった。また、自分の容姿に対する複雑な感情で、他人の容姿についての感情の薄い彼女が、私の容姿にこれだけ拘る理由も分からなかった。
「いや、恨んでいた。だから、嬉しい」
私は怪訝そうな顔をしていただろう。しかし、名字は嬉しそうな表情のままだ。
しかし、湯のみにかけられた指は震え始めていた。
「昔からずっとずっと変わらない」
奇妙だった。ああ、何を言われるか想像もつかなかった。
「今も私はあなたの傍にいたい。もし、それが叶うのならば」
涼やかな風が吹いた。
「ずっと言いたかった。今、あなたが降りてきてくれて漸く言えた」
火薬の材料を入れる棚に木漏れ日が映っているのが見えた。梅雨が明けた。そろそろ初夏だ。
「だから嬉しい」
彼女の幸せそうな笑顔は忘れない。あの頃のような若さはない。ただ、明るい初夏の光に照らさせた顔を見ると、私は……
「名字、私の傍で笑えば良い。お前が笑えば、私も少しは気が晴れる」
名字は照れたような困ったような顔で笑った。ああ、普通の女と変わらないなぁ、と思えば興ざめしそうなものだが、開きっ放しの戸を通り抜ける風は心地よかった。