まさかの監禁事件


「先輩、名前は、名前は……ツナ缶を油切りしないと使えないことも知らないんですよ」
 横一列に並んでいるのは五人の一年生だ。そして、各々が自由気ままに座りながら、一年生の言葉を聞いているのは大川高校の六人の二年生。無造作に足を投げ出したり、細くしなやかな足を組んだり、机の上に胡座をかいている。
「そうか、それは大変だな」
 二年生の一人、立花仙蔵は白々しく笑う。
 陽光が燦々と降り注ぎ、新緑のバッチが輝いていた。しかし、夏休み初日とあり、がらりとした学校には涼しい風が吹きぬけた。



 竹谷八左ヱ門は夏休みの初日にこの大川高校にくる予定などなかった。このような暑い日に学校に出ていくなどな休みの意味がない。大体、学校に出向きたくないがために、生物部の生物も部員全員で分担して持ち帰ったのだ。
 その竹谷八左ヱ門が、この大川高校の二年一組の教室に立っているのには理由がある。そう、その理由は目の前に自由気ままに座る六人の二年生だ。なんやかんやあって思い出してしまった前世でも、先輩だった六人。
 六人とも相変わらずだった。立花仙蔵は潮江文次郎をからかっているし、七松小平太はバレー部だし、中在家長次は料理が上手い。食満留三郎と善法寺伊作は家族ぐるみの付き合いで、何故か擦り傷が絶えない。
「名字名前は、我々が預かった」
 立花仙蔵は肘をついて笑った。そう、この場には一人足りないのだ。
「預かった、とはどういうことですか?」
 不破雷蔵は落ち着いた声で尋ねた。
「ある部屋に入れて、外からカギをかけている。心配するな。一年分の米とツナ缶を用意してある。夏休み後一か月ぐらいならば生き残れるだろう」
 食満留三郎が答えた。そして、ツナ缶が安かったからなぁ、と七松小平太が笑った。中在家長次は黒い携帯電話を見せた。手裏剣のシールの貼ってある携帯電話だ。竹谷八左ヱ門はその携帯電話に目を奪われた。
 間違いなく名字名前の携帯電話だ、と竹谷八左ヱ門は思い、ちらりと隣に立っている同級生たちを見た。
 鉢屋三郎はわなわなと震えている。久々知兵助は目を丸くしている。不破雷蔵は口を開けている。動揺など滅多にしない尾浜勘右衛門ですら、表情を消していた。
 竹谷八左ヱ門の背を冷たい風が撫でた。



 五人は教室に取り残された。なぜ閉じ込めたのかと問えば、気分だと答えられ、どこに閉じ込めたかを問えば、そのくらい自力で探せと叱られる。不条理にして、滅茶苦茶なのだが、それに諦めがついてしまう程度には前世の記憶は強いのである。言うだけ言って、さっさと昼飯を食べに出ていってしまった六人の背を、五人は見送ることしかできなかった。
 この六人が恐ろしいとか逆らえないなどということではなく、あまりの突拍子の無さに呆然としていたのだ。
「とりあえず、名字の家に行ってみない?」
 家にひょっこりいる可能性もあるら、と不破雷蔵は笑った。そうだな、と鉢屋三郎が同意し、久々知兵助が不安げに頷き、竹谷八左ヱ門は行こう行こう、と声を張り上げた。強い風が吹き始めたのか、青葉がばさばさと揺れる音がした。
 名字名前の家は電車で二駅程のところにある。母親が寛容なため、五人は名字名前の家に集まることが多く、先週もみんなで集まって試験勉強をしたのだ。勿論、全員が母親と面識がある。
 名字名前の母親は五人の訪問にも全く動じなかった。
「昨日の午後に一度帰ってきて、先輩と遊びに行くっていってすぐに出ていったんだけど」
 しかし、名字名前はいなかった。それどころか、六人の言葉の信憑性が増しただけだった。竹谷八左ヱ門は、空気が固まるとはこのようなことなのだと思った。誰も相槌を打てない。
「誰と遊びに行くとか、聞いていますか?」
 嫌な沈黙が流れ、名字名前の母親が何かを言いかけようと口を開こうとした時に、鉢屋三郎が尋ねた。
「よく話に出るのは、立花仙蔵君とか、善法寺伊作君とか……あとは、潮江文次郎君と中在家長次君と七松小平太君と、食満留三郎君かな」
 仲が良い男の子がいてよかった、と名前の母親は呑気に笑うが、参考にならないとはまさにこのことだ。
「私は、名前が先輩方の中の誰かの家にいると思う」
 鉢屋三郎は名字家の門を出るとそう呟いた。そして、何故なのかと問うような視線に答えた。
「それ以外考えられないからだ」
「あの人たち、本当に無理なことはさせないからね」
 一学年の差で、それは色々なことがあったが、本当に無理なことは要求してこないことは、五人ともよく分かっていた。
「ただ、無茶は要求するよな」
 げっそりした顔で竹谷八左ヱ門がぼやいた。振り回された五年間の記憶はなかなか忘れられるものではない。
「とりあえず、善法寺伊作先輩は除外だな」
 鉢屋三郎は呟いた。何故かと問うように不破雷蔵と竹谷八左ヱ門が鉢屋三郎を見た。その中で尾浜勘右衛門がぽん、と手を叩いて顔を明るくした。
「もし、名字が善法寺先輩のところに行くとすれば、学校から直接行くだろうな」
 そういうことだ、と鉢屋三郎は笑った。じゃあ、五人の中の誰かだね、と不破雷蔵が興奮気味に言った。
「兵助、大丈夫か?」
 竹谷八左ヱ門は歩幅を狭めて、やや後ろを歩く久々知兵助が追い付いたと同時にそう尋ねた。久々知兵助は、ああ、大丈夫だ、と笑った。
「あと、怪しいのは七松小平太先輩だな」
「確かに、俺たちは七松先輩の家にだけは遊びに行ったことがない」
 鉢屋三郎の呟きに、竹谷八左ヱ門の言葉で我に帰った久々知兵助が慌てて追い付いてからそう答えた。
「それはともかく、誰か七松先輩の家を知ってているのか?」
 俺は知らないぞ、とその体力からこの中では一番七松小平太に気に入られている竹谷八左ヱ門が言う。
「意外と携帯のアドレス帳なんかに入っていたりして」
 七松先輩個人情報とか細かいところ気にしなさそうだから、と不破は呟いた。スマートフォンをいじっていて尾浜勘右衛門が、見つけた、と声を明るくした。
「二つ先の駅降りてすぐだ。あの大きな公園のある駅だ」
 尾浜勘右衛門はそのまま地図を調べていたらしい。パソコンなどの作業は鉢屋三郎が卓越しているが、スマートフォンの操作の手早さにおいては尾浜勘右衛門に軍配が上がる。
「雷蔵、勘右ヱ門、グッジョブ」
 竹谷八左ヱ門がにやりと笑い、鉢屋三郎が流石雷蔵だろう、とさも当然のように自慢げに言い、不破雷蔵が少しだけ怒ったように鉢屋三郎を咎めた。名字名前の幼なじみの久々知兵助は真面目な顔で尾浜勘右ヱ門のスマートフォンを覗き込み、尾浜勘右衛門は、七松先輩の家はここだ、と地図の一か所を指さした。
 街路樹のケヤキががさがさと揺れ始めた。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -