お面のくの一


 なぜ、女は逐一綺麗だだの、美しいだの言ってやらなくてはいけないのか。私はずっとそう思っていた。それが面倒で仕方がなかった。


 くのたまとの合同忍務がおこなわれた。私の相手に選ばれたのは同じ六年生の名字名前。大して期待をしていなかった私は、彼女の名前を知らされた時、思わず口角を上げた。なかなか愉快なことになりそうだ、と。
 彼女は有名なくのたまだった。
 待ち合わせ場所の門の前には、既に彼女が立っていた。真っ先に目につくのは顔を覆う白い狐の面だ。
「名字、面の下は化粧をしてきているだろうな」
 面がこちらを向く。そう、この女は忍たまの前では面を取らない。そうはいっても、彼女は幼い頃から面をつけていたわけではないし、頑なに外すまいとしているわけではないため、大体の忍たまたちは彼女の素顔を知っていた。
 それでも、白い狐の面は目立つ。
「相手があなたであるのに、私が化ける必要がございましょうか」
 面のせいで曇った声でそう答えた。
 そう、彼女が面をかぶるのは奇妙で下らない理由だった。自分の容姿に自信のない彼女は己の顔を隠すために面をかぶる。
 面を使う理由は知っているが、使い始めた経緯は知らない。ただ、このくノ一としては致命的な彼女は、面をかぶっている。ただ、それだけなのだ。
「まぁ良い。お前は十分に使える」
 だてに六年間この忍術学園に残っていたわけではないのだ。私も、名字も。この面をかぶった女が一筋縄ではいかないことは、私たちがよく知っている。
 本当によく知っているのは、今の五年生かもしれないが。



 私が敵を引き付け、名字が巻物を取ってくる。単純だが、このように役割分担は基本になる。名字は実力者で、戦忍のようなこともやってのける。だから、私は信用していた。
「思った以上に手練でした」
 待ち合わせ場所にやってきた名字は制服の半分を市で濡らし、腕を抑えて溢れ出る血を止めていた。この程度の忍務など大したこともないだろうと思っていた私は素直に驚いた。それでも巻物だけは持ってきていたようで、怪我をしていない方の懐に入っていた巻物は染み一つなかった。
 周辺にあったもので止血をする。二人かがりで伊作の二倍も時間をかけて固定をしたが、伊作のできには敵わない。急いで学園の保健室に駆け込んだ。
「名字、酷い怪我じゃないか。ほら、布団を敷いてあげるから」
 貧血で辛いだろう、と伊作は名字を横にした。
「仙蔵相手だったら、こういう役目は押し付けてしまえば良いのに」
「私だってそう提案をしたぞ」
 君が怪我をする必要はなかった、などと言っている伊作が事情を知らないはずもないのだが、立場が悪くなるのも嫌なのでそう言った。
「だから、名字に言っているんだよ」
 いつになく言い方が棘棘しいのは、怒っているのだろう。反面名字はぼんやりと処置をされる腕を見ていた。
 固定が終わったが、貧血があるらしく少なくとも今晩は保健室で過ごすことになるらしい。布団に再び横になろうとしたのだろう。面を取り、化粧っ気のない顔を顕わにした名字は伊作に言った。
「善法寺、ありがとう」
 そう言って笑った。美しいか醜いと問われれば、醜い顔だが、笑えばなかなか様になる。たとえ化粧っ気がなくても、気分を害するようなものではない。面をつけているよりもずっと良かった。
 そう思ったのは私だけではなかったらしい。
「別に隠すような顔じゃないのに」
 伊作は深い意味を持って言ったわけではないだろう。基本的には何も考えていない男だ。名字も一応六年間の付き合いの中で、この有名な男の素直な性格ぐらい知っているだろう。
 しかし、面を手にとったあいつの横顔は、酷く暗かった。伊作の方向からは見えなかっただろう。他人の悪意に鈍い伊作だが、もしあいつの横顔が視界の片隅に映っていたら、慌てだすはずだ。
 そんな顔だった。
 その表情を見た時、不思議と嫌悪感は抱かなかった。ただ、思っただけだ。
 面白い、と。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -