ゆっくり目を逸らす


 放課後の用具倉庫にごめんくださーい、と元気よく入っていく。
「会計委員が何の用だ?」
 案の定、委員長である食満留三郎先輩に睨まれた。私は「会計」と大きく書かれた帳簿を持っているのだから、先輩が警戒するのは当然のことだ。何せ、地獄の会計委員長の命令で来ました、というのを主張しているようなものだ。
「ちゃんと働いているかどうか調査に来ました」
 下級生はいないようだし、我ながらちょうどよい時に来たなぁ、と思う。
「働いてる、働いてる。だから、早く帰れ」
 食満先輩は心底うざそうな顔をして、私を追い出そうとする。まぁ、私もこの人が真面目に働いていないとは思っていない。大体、私が一番この人の真面目さを知っている。
 私はぐるりと倉庫を見渡した。とりあえず、数えやすい物をいくつかチェックすれば良いだろう。
「石火矢、一つ足りないんじゃないですか?」
 こんなに大きなものはそうなくならないだろう。そう思って尋ねると、食満先輩は眉をひそめた。
「体育委員長が壊した。始末書が出ていなだけだ」
 それはしょうがない。さっさと帰れ、という言葉を無視して、私は次に数の少ない物を探す。
「八方手裏剣も数が足りていないんじゃないですか?」
「先生方の誰かだろう」
 チェックをつけずに物を借りていくのは、実は先生の方が多いことは私も知っている。取り立てが難しいことも。しょうがないな、と思って次に数の少ない物を探す。
「まきびしの筒が……」
 そう言いかけた時、私は用具倉庫の空気が変わっていることに気付いた。顔を見上げると、私の前には米神に青筋を浮かべた食満先輩がいた。まずい。非常にまずい。
「もう全てチェックは完了いたしました。私は帰らせていただきます。お邪魔してすみませんでしたー」
 あたふたと焦って帰ろうとすると、肩を掴まれた。痛いわけではない。その加減はできている。しかし、逃げるのを阻むには十分な力。
「ただでは帰らせないからな」
 耳元で低い声でそう言われたら、もう私は動けない。
 あれだけ帰れ帰れと言っていたのに、なんて言い訳は通じない。この人は自分の領域を侵されることを酷く嫌う。そもそも、私が会計委員の仕事をしているのも気にくわないし、自分の仕事ぶりを疑われるのも嫌がっていた。
 潮江先輩、助けて下さい、なんて叫ぼうものなら酷いことされるのは分かっているので、とりあえず私は現実から、つまりこの人からゆっくりと目を逸らした。全く意味のない行為なのだがしょうがない。
 とりあえず、この人のものでありながら、会計委員会に所属している自分を恨むしかない。

落乱で今日の夢お題

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