鮮やかな蒼


 正直、ここで会いたくはなかった。ある意味鉢屋の方がマシだ。あいつは天才だが、とりあえず逃げ切れる。でも、こいつは無理。忍たまとの合同演習で最も出くわしたくない相手だ。
 私は裏裏山の中で一人でひっそりと隠れて、どうにかこの演習の時間が過ぎてくれるのを待っていたわけだが、成績優秀、頭脳明晰、文武両道の彼は私を容易く見つけてしまった。忍たま五年の中の総合力はおそらく一番の久々知兵助。
「げっ」
 だから、彼に見つかったこんな声を漏らしたとしても、私には責められる所以はない。くのたまなんだから、余計な声を出すなと怒られたとしても、責められることはないはずなのに。
 苦無を両手に握り、おそらく少し膨らんだ左手に寸鉄を隠し持つなんていう凶悪極まりない武装をしておきながら、私が声を漏らした瞬間、切なげに眼を伏せるのは何故だ。物凄く良心が痛む。そんなに私は悪いことをしたのだろうか。
 頼むから言いたいことがあるなら言ってくれ、と思うが、彼は一言も口を開かず、物憂げな大きな瞳で申し訳なさげに私を見た。しかし、手には確り苦無と寸鉄。とりあえず、笑えないことは確かだ。
 私は次にどのような行動をすべきか整理する。真っ先に弾くべきは、くのたま的戦法色仕掛け。こいつに色仕掛けは通じないのは私たちくのたまがよく知っている。これは彼の成績だとか頭脳だとかに関係しているわけではない。私たちは数多くの失敗を経て学んできた。最初はただ彼が優秀だから色仕掛けが通じないのだと考え、自分たちを磨いてきた私たちだが、ある時気付いたのだ。
 こいつ、ただの天然だ、と。つまり、どうしようもない。
 そうなると残りは応戦だ。私は彼の手を見やる。苦無と寸鉄。うん、無理だ。これも却下。しかし、私の意だけでは事は進まない。
 ゆらりと彼は動き出した。私は敵わないことが分かっていても、苦無を握る。打ち返しにくいところを狙ってくる苦無を何とか避けると、体の軸が大きくぶれた。教科書通りの敵の体勢の崩し方。流石、なんて思っている暇はない。私は体を捻って容赦なく首元を狙ってきた寸鉄を避けた。
 しかし、そのせいで地面に後ろから倒れる。後頭部を地面に強打すると同時に、太ももに重い何かが乗る感覚と、喉元に冷たい何かが突きつけられる感覚がした。
「降参です、久々知君」
 私に馬乗りになって、喉元に苦無をつきつける久々知君にそう言う。
「よく私を見つけることができたね」
 なぜか暗い表情をしている久々知君にじっと見られ、気まずくなった私は、結構うまく隠れていたはずなのになぁ、といって笑顔を作った。しかし、久々知君の顔は晴れない。やっぱり、私の最初の声のことを未だに引き摺っているのだろうか。
 そんなことを考えていると、久々知君が口を開いた。
「ずっと名字さんを探していたから」
 その言葉に思わず目を細める。なぜ、私を探していたのだろう。
 しかし、彼はすぐに答えを教えてくれた。
「お豆腐屋さんとか興味ない?」
 緊張しているのか、少しどもり気味なのは可愛いですが、久々知君、それ、今じゃなきゃいけないですか。そして、私の答えを待つ表情は不安げなのに、喉元に当てた苦無はそのままなのですね。
 ただ、木々の合間から見える鮮やかな蒼を背景に、不安げにちらつく双眸を見るのは悪い気がしなかった。

落乱で今日の夢お題

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