同族嫌悪


「不破に嫌いになる要素なんてあるか?」
 昔、三郎に言われた言葉は、何故か今でも覚えている。

 くのたまで一番優しいと評判の名字先輩。いつも柔和な笑顔を浮かべていて、面倒見が良い。下級生だけではなく、くのたまには珍しく同級生の忍たまとも仲が良い。くのたまの悪戯を諌めたり、あとで忍たまに謝りに行ったりしている。僕のところにも先輩は何度か来たことがあった。
 くのたまには珍しい性格だが、先輩がくの一に向いていないと言う噂を聞いたことはない。おそらく、忍務とあればくの一らしいえげつない手を使えるのだろう。
「不破君、鉢屋君、隣を良いかい」
 食堂で昼食をとっていると、名字先輩が隣にやってきた。三郎が、どうぞ、と言うとありがとう、と穏やかな笑みを浮かべる。
「遠子が痺れ薬を混ぜたらしいね。申し訳ない。遠子にはいつも言い聞かせているのだが……」
 そういうことだろうとは思った。名字先輩が私たちに話しかけてくるときは大抵五年のくのたまの悪戯の謝罪だ。
「飲んでしまった私たちが悪いのですから」
 明らかに遠子に非があるが、僕は微笑みながらそう言った。
「そう言って貰うと、少し気が楽になるよ」
 先輩も少し困ったように微笑み、そして懐から二つの包みを取り出した。
「大したことないものだが、お詫びとして受け取って欲しい」
 丁寧に包装された大福は上等な品なのだろう。
「ありがとうございます」
 鉢屋と礼を言うと、先輩は少しだけ照れたように笑った。
「名字先輩もよくやるよなぁ」
 さっさと食べ終えて、六年の七松先輩と談笑している名字先輩の後ろ姿を見ながら、三郎が言った。
「鉢屋は名字先輩のことは好きかい?」
「好きか嫌いかと言ったら、好きな部類だな。嫌いになる要素がない」
 三郎の言葉は、何故かつっかえた。雷蔵もそうだろ、とでもいうような顔に、僕は少し悩んだ末に答える。
 三郎には嘘はつきたくない。
「僕は好きか嫌いかって訊かれたら、嫌いかな」
 三郎が目を見開く。それでも、三郎が聞き返してくることはなかった。三郎は頭が良いから、何も言わなくても分かってくれる。



 くのたまとの合同演習、遠子の仕掛けを抜け出した先にいたくのたまと僕は対峙することになった。三郎はいない。彼は今、遠子になりすまして、くのたまの陣営にいるはずだ。
 僕は一人だった。それも満身創痍だった。
「名字、先輩……」
 臙脂色の制服を着た先輩は幹に捕まりながらなんとか立っている僕を見て、困ったように笑った。
「私の仕掛けは流石にきつかったかな?」
 通りで全ての仕掛けを発動させてしまい、大怪我を負わなくては抜け出せなかったわけだ。遠子ならばここまで入念に仕掛けない。
「不味い怪我はないようだ。良かったよ」
 先輩はそう言いながら、私に近づいてきた。
「先輩、私は巻物を持っていないのですが?」
「そんなことは知っているよ」
 先輩は首を傾げて笑う。
「知っている」
 先輩は繰り返しながら、僕の目の前に立った。僕も困ったような笑顔を浮かべた。
 そうやって笑いながら、乗り切ってきたのは僕も先輩も同じ。人のよさそうな笑みを浮かべながら、"優秀な忍たま"になれるのも同じ。
「奇遇だね、私も君のことが嫌いなんだよ」
 人の良さそうに笑みを浮かべながら、先輩は僕の頬に手をやった。
「私たちはよく似ているね」
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