アホの子ほど愛おしい


 目が覚めたら、私は会計室にいた。五日間眠らなかったことは覚えている。それ以降は記憶がない。私が起きたせいで、私の上で寝ていた三木ヱ門も起きる。左吉と左門、団蔵も目を覚ます。
 お互いに何も言わずに顔を見合わす。今が何月何日なのかなんて誰も知らないことは分かっているため、誰も何も聞かない。
 みんな起きた。ただ一人を除いて。
 私たちは長机に突っ伏して死んだように寝ている潮江先輩を見た。
「潮江先輩、寝ていらっしゃいますね」
「潮江先輩も寝るよ。人間だから」
 驚いたような顔で団蔵が言うものだから、一応フォローを入れておく。五年間、つまり先輩が二年生の時から会計委員やってきた私は断言できる。潮江先輩は人間だ。
 しかし、潮江先輩一人が寝ているなんてことは滅多にない。しかも、こんなにぐっすりと寝息一つ立てずに死んだように寝ているなど。
 私は心の中でにやりと笑った。こんな機会滅多にない。
 私は徐にハチマキを巻き、そこへ苦無を刺し込み、十キロ算盤を肩に立てかけ、仁王立ちする。
「さぁ、お前ら、残りの帳簿を片付けるぞ。十キロ算盤を持てっ。ギンギーン!」
 爆睡する潮江先輩を背に、野太い声で叫ぶと、後輩一同は笑い転げた。どうにか笑みを堪えて、仏頂面で座った。そこまではよかった。
「あの……名字先輩……後ろ……」
 三木ヱ門が顔を真っ青にした。私は何が起きたか分からず、振り返ろうとした。
「おい、名字」
 落ち着いた低い声。この声は嫌いじゃない。今、このタイミングで、耳元で囁かれさえしなければ。
「表に出ろ、手合わせしてやる」
 恐れを知らぬ一年は組の団蔵の顔まで青くなる。恐ろしくて振り返れない。勇気を出して振り返ってみると、壁に立てかけてあった袋槍を掴み、それはそれは恐ろしい笑みを浮かべ、肘をついて胡坐をかいている潮江先輩がいた。



 名字先輩はアホのは組と言われるだけあって、座学は団蔵と一緒に潮江先輩に説教されるくらいに残念なところだが、実技は優秀だ。
 だから、潮江先輩に押されてはいるが、名字先輩と潮江先輩は"良い勝負"をしている。潮江先輩が恐怖しか齎さないような笑みを口元に浮かべ、名字先輩が恐怖を顔いっぱいに広げながら悲鳴を上げているのだが、なかなか勝負がつかない。
 そのため、"稽古"はなかなか終わらない。
「先輩、すみませーん。反省してますからー、許してくださーいっ」
「何か反省するようなことをやったのか?」
「すみません、やってません。やってませんからすみません」
 このやり取りを一体何度繰り返していることやら。
「名字先輩って馬鹿ですよね」
 溜息を吐く左吉。
「でも、その馬鹿なところを一番気に入っているのが……」
 呆れ気味に外に目をやる左門。
「潮江委員長だからね」
 ただ、容赦もしないけど、と私は心の中で付け加える。
「名字先輩愛されてますよねー」
 名字先輩の悲鳴と激しい金属音の中で、私たちはお茶を啜った。
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