行方不明の女装少年

夏休みタソガレドキ潜入の段


 兵助がナルト城の軒丸瓦を取りに行き、肩を射られた。兵助は実家ではなく忍術学園に駆け込んだ。忍術学園は長期休暇中も誰かがいるし、新野先生もいらっしゃる。兵助はボロボロだった。すぐに介抱が必要なことが分かっていたのだ。
 兵助が駆けこんだ日、たまたま生物委員の仕事をしていた俺は、兵助の姿を見た。驚いた。兵助は優秀で滅多に怪我をすることはなかった。その兵助がボロボロの状態で駆けこんできたのだ。俺は慌てて兵助を保健室に運んだ。
 保健室で手当てをして貰った兵助は、すごいだろ、とそう微笑みながら枕元に置かれた戦利品を見せてくれた。
 夏休みの宿題がナルト城の軒丸瓦を取りに行くことなど、いくら兵助でも荷が重すぎる。俺はおかしいと思った。俺は実家に戻るつもりだったが、そのまま学園に残った。俺は保健委員を一度も経験したことがないし、ほとんどできることはないが、兵助の話し相手にぐらいならなれる。
 新学期が始まって、ちらちらと生徒が現れて初めて、小松田さんが宿題をバラバラにしてしまったことが分かった。三郎と勘右衛門は俺と同じように本来の宿題だったようだが、雷蔵は一年生の宿題だったらしい。しかし、兵助以外は怪我もなく、俺は不幸中の幸いだと思った。
 しかしその中で一人、この学園に姿を現さない五年生がいた。
「伊勢もちょっと手違いがあったみたいで、今、六年生の課題やっているんだよ」
 善法寺先輩を見かけたという話を聞いて、五年生全員で慌てて探しに行った。善法寺先輩は、保健室ではなく長屋にいた。俺たちの突然の訪問に少し目を丸くすると、タソガレドキ忍者隊にいるみたいでねー、と困ったように笑った。
「なぜ、先輩の課題と交換しなかったのですか」
 すぐに鋭く切り返したのは三郎だった。三郎は六年生相手でも物怖じしない。その棘のある言い方を咎めるように雷蔵が三郎の手首を掴んだ。
 しかし、俺は三郎の意見には同意した。六年生の宿題にしてもタソガレドキ忍者隊の潜入は難しい。善法寺先輩が仮に宿題を貰っていたとしても、このタソガレドキ忍者隊潜入よりは簡単だっただろう。
「悪いね。止めようにも、すぐに走っていってしまうから」
 そう言いながら、善法寺先輩は懐から紙を出した。
「伊勢は大丈夫だよ。ほら、伊勢からの手紙だ。タソガレドキでも上手くやっているようだよ。心配してくれてありがとう」
 文のようだった。三郎が受け取り、雷蔵と兵助が遠慮気味に覗き込む。その中で、勘右衛門は善法寺先輩を見ていた。俺も文の内容が気になっていたが、善法寺先輩を見た。
 善法寺先輩は鉢屋の方を見て微笑んでいた。善法寺先輩は鉢屋を気に入っているのだろう。妹と仲良くする異性を好意的に見ることのできる先輩は流石だと思いたかった。しかし、それよりも本当に敬助のことを大切に思っているのか不安になった。俺がそんなことを気にするのは野暮用だが、敬助が善法寺先輩のことが好きなのを知っている分、そう思ってしまう。
 やっぱり、兄妹は仲が良い方が良い。先輩と敬助の仲が悪いことはないだろうが。
 そう思いながら文を覗き込むと、そこには敬助の筆跡で無難な感じに無事であることが記されていた。そして、なぜか最後のところに、見慣れぬ文字が並んでいた。
「女子の少ない場所ですが、元気にやっています。うちのくノ一連中の方がまだ色気があるので、その辺りは安心してください、って……」
 俺はさこまで読み上げた後、最後に記された名前を確認した。雑渡昆奈門。タソガレドキ忍軍の組頭だ。
「何で雑渡昆奈門にも色気がないって知られているんですか」
 まぁ、ないけどな、と三郎は自分で言いながら自分で納得した。勘右衛門だけではなく、兵助も頷いている。
「さぁ? お茶目な人だよね」
 あはは、と善法寺先輩は明るく笑う。
「なんか心配して損した気分だよね」
 雷蔵が三郎の言葉を代弁するかのように、三郎に同意を促した。
「相手は伊勢だろ。想定内よりも想定外の方が得意な奴だ」
 一年生の時から補習中に様々なことに巻き込まれていた。それでも、いつだって怪我なく帰って来た。よく考えてみれば、この程度の危険なことは敬助は何度も経験している。
「いつも仲良くしてくれている鉢屋、竹谷、不破だけじゃなくて、尾浜と久々知までありがとう」
 帰り際に、善法寺先輩はそう言った。
 長年兄妹だと知らなかったということもあって、俺の中で敬助が伊作先輩の妹であるということはなかなか受け入れられない。だからこそ、このような言葉で二人は兄妹なんだ、と気付かされる。
 善法寺先輩は、敬助の行動に一々口を出しているようには見えない。ただ、こうして謙遜する。敬助が五年生と上手くやっていけるかどうか心配していることも伝わる。しかし、それと同時に、先輩が敬助の兄であることを大前提として話しているのが新鮮だった。
「馬鹿だろ」
 一番最後に部屋を出た俺は、食満先輩の呆れたような声を聞いた。立ち止まり、歩いてきた道を戻る。息を殺して扉の影からこっそり中をうかがうと、衝立から顔を出している食満先輩が見えた。
「僕が不安がっていたらいけないだろう。彼らの心配も増すだけだ。せめて、僕だけでも余裕を持って構えていないと」
 善法寺先輩の乾いた明るい声が響く。まるで本心からそう言っていないように、全然心配をしていないような声だ。
「お前、溜めこむなよ」
 ただ、食満先輩の呆れたような声から、俺は自分の感覚が間違っていることを悟った。
 ほとんど接点のない俺よりも、食満先輩の方が遥かに善法寺先輩のことを理解している。
「大丈夫だよ、留三郎」
 衝立のある長屋の中は暗い。だから、影があるのは自然のことだ。
「いつものことだ」
 そう繰り返す善法寺先輩の表情の影は、部屋のせいだろうか。笑ってもいない。しかし、不快そうにも見えない。ただ、その表情は俺が今までに一度も見たことがないものだった。ああ、こんな表情もするのか、とただそれだけ思った。
 むしろ、安心したぐらいだった。善法寺先輩は敬助のことを気にかけている、と。
 俺はこの時、「我慢」の本当の意味を知らなかった。
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