女装少年とタソガレドキ兄弟

夏休みタソガレドキ潜入の段


 タソガレドキの矢羽音は簡単な置き換え式だった。この規模の忍者隊になると、定期的に矢羽音が変わる。簡単な置き換え式の矢羽音を定期的に変える方が、難しい矢羽音を使うよりも安全なのだ。
 私がいる前では、忍者たちは矢羽音で会話をするため、助詞につかうような音の解読は簡単にできた。それと同時に、月輪隊や雑渡さんの近辺にいる人は、名前は分からなくても顔が分かるようになってきた。
 女だからだろう、大抵の人は私を気遣ってくれている気がする。だから、ほとんどの人とは喋ることができた。ただ、一人を除いては。



 最近、月輪隊の武器の手入れをしてくれる女の人がいる。私よりも少し若い人だ。私は忍者村で育ったから、接してきた女の人はほとんどがくノ一だ。この人は、くノ一とは雰囲気の違って私にとってはとても新鮮だった。
「いつもありがとうございます」
「いえいえ、仕事ですから」
 一通り武器の回収を終えた五十嵐さんを労う。今回は、五十嵐さんにお願いしたいことがあるのだ。
「五十嵐さんは、組頭のところへも行かれることがあるのですか?」
 そう尋ねると、五十嵐さんは頷いた。五十嵐さんが組頭に直接雇われたことは知っていた。だから、この月輪隊だけではなく、組頭のところにも仕事や報告に行っているだろう、と思っていた。
「高坂陣内左衛門という男をご存知ですか?」
 恐る恐る、数年間口にしなかった名前を口に出す。
「いつも仕事があるので、なかなか人の名前と顔を覚えられないのです。すみません。その高坂殿とはご友人なんですか?」
 五十嵐さんが申し訳なさそうに言った。しかし、五十嵐さんがタソガレドキ忍者隊の者を皆覚えているはずがない。むしろ、私の方が申し訳ない。
「私の兄です」
 正しくは、兄だったと言うべきだろう。
「お兄さんはどんな方なのですか?」
 そう尋ねられて、返答に困った。何しろ、私と兄は長年会っていない。同じタソガレドキ忍者隊にいながら、接触することはない。
「弟の私が言うのも何なのですか、真面目で優秀です」
 それだけは確かだった。忍者村で一緒に暮らしていた兄は、今は組頭の信頼の厚い小頭のすぐ下で働いているらしい。
 身内の自慢話のようになってしまって、五十嵐さんには申し訳なかった。しかし、五十嵐さんは表情を明るくした。
「高坂陣内左衛門殿ですね。周囲の方に訊いてみます」
 お話ししてきます、と五十嵐さんは嬉しそうに続けた。何故、こんなに嬉しそうなのか、私は不思議に思った。
「もし、兄の顔が分かった時には様子を教えていただけますか?」
 私がお願いをすると、五十嵐さんはきょとんと首を傾げた。五十嵐さんの反応を見て、漸く私は言葉足らずだったことに気付いた。
「諸事情があって勘当されているんです。勘当された兄とは立場上、話ができなくて」
 兄が今の組頭についていくことを望んだため、父は兄を勘当した。だから、話をしてはいけないわけではなかった。ただ、私と兄は他人同士だ。
 父は兄を勘当することに迷いはなかったが、私は複雑だった。
 五十嵐さんは真面目な顔で私の話を聞き、聞き終わるとにっこりと笑った。
「良いですよ。私にも兄がいるんですよ。できの悪い兄で。だから、今、私がここで働いているんですけどね」
 謙遜ではなく、本当に出来が悪いとは思っているようだった。ただ、五十嵐さんは彼女の兄が好きなのだろう。言葉にはならないが、それは十分に伝わってきた。
 兄妹で仲が良いんだろうと思うと、羨ましかった。
「でも、できが悪いから心配なわけではないんですよ。ただ、様子ぐらいは知りたくて。ですから、お気持ちはお察しします」
 ちゃんと様子見てきますから、と五十嵐さんは言って、ニィっと歯を出して笑った。



 私は雑渡さんに仕事の報告に行った。雑渡さんの近くにはいつも数人の忍者がいる。報告を終えて、その中でも会話をしたことがあり、名前も把握している諸泉さんに尋ねる。
「あのー、すみません、高坂陣内左衛門殿ってどなたですか?」
 あっ、高坂さんならあの方ですよ、と諸泉さんはとある人物を指さした。流石、タソガレドキ忍者。その人物は私たちの会話は筒抜けだ。私は何も言っていないのだが、ギロリ、と鋭い視線を向けられる。
 よりによってこいつか、と私は即座に思ってしまったが、責められる理由はない。その高坂さんは私と言葉を交わしたことのない唯一の人間だったのだから。
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