天女の呪い、過去の幻影

天女様と王様の段


 教室を出て長屋に向かう。部屋に入ろうとすると、六年長屋の方から聞き慣れた声が聞こえてきた。私の部屋の前から中庭を横切れば六年長屋だ。中庭の向こうを覗くと、予想通りの二人が言い争いをしていた。
 二人が喧嘩するのは決して珍しいことではない。ただ、不気味な殴打音が聞こえることなど今まで一度もなかった。私は事が収まるまで関わらないことに決めていたが、二人のことが心配だった。
 庭を横切っていくと、予想通りの二人が部屋の前に立っていた。
「五十嵐を止めろよ」
「関係ないだろ。止めれるものなら止めているさ」
 食満先輩の腕は脱臼されられていて、伊作は頭から血を流していて、腕は変な方向に曲がっていた。二人が喧嘩しないわけではないが、こんなことは一度もなかった。
 食満先輩は潮江先輩相手ですら、ここまで怪我をさせることはない。
「やめて下さい」
 牽制の意を込めて、午前中の実習で使った太い縄を打ちつけた。二人とも流石六年、怪我を負っていてもそれを避けた。
「五十嵐、お前のせいだ」
「そうだよ、伊勢。君が司ちゃんを」
 伊作に足を掴まれる。不味い、と思った時、視界が暗くなる。食満先輩が鉄双節棍を振りかざす。
「食満先輩……伊作……」
 足に焼けるような痛みが走り、肩が砕けるような音がした。頭の中が真っ赤になり、視界も赤く染まる。それと同時に、見たことがないはずの記憶が流れる。
 真っ赤な腕、少女の絶叫、私の笑い声。幸せな笑顔を浮かべていた少女の首から鮮血が吹き出す様。
「五十嵐っ」
 尾浜の声だろうか。激しい痛みの影で、引き摺られていくような感覚がする。
「離せよ」
 思わず手を振り払おうとする。ぼんやりとした視界と激しい揺れ、そしてそれを上回る痛みで何がなんだかさっぱり分からなかった。
「殺されるところだった」
 尾浜の怒鳴り声が頭に響く。
「全てそこにいる諏訪司のせいなんだよ」
「違う」
 その言葉を否定する。悪いのは諏訪じゃない。あの女の子でもない。
「全部思い出した」
 地面に下ろされる感覚がした。
「私のせいだ」
 諏訪がこんなところに来てしまったのも、伊作と食満先輩が争って大怪我をしたのも、全部私のせいだ。ぼんやりと尾浜の顔が見えてきた。
「部屋に戻らないと」
「諏訪司のいる部屋にか?」
 そう言った尾浜が手裏剣を取りだしたのを私は確認した。尾浜の投げようとした手裏剣を私は腕を伸ばして苦無で弾く。尾浜が投げた理由も、投げた方向にいる人物も分かる。だからこそ、それは許さない。
「私だって苦しい」
 思わず本音が漏れた。小さな声だったから、聞こえていないと思っていた。私の責任ではあるけれど、痛いのは嫌だったし、何よりもあんな二人を見たくはなかった。
 意識がゆっくりと遠のいていった。最後に尾浜が目を丸くしたのが見えた。
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