右手にろ組、左手には組

委員会対抗戦の段


 夜のうちに、五十嵐が潮江先輩と交戦したらしい。兵助が疲れ果てた顔でそう言っていた。五十嵐が酷い状態であった、と兵助は言った。そして、それに何もできなかったことも。様子を見に行くと、確かにボロボロだったが、目立つ傷はなかった。足は腫れていたのを兵助が手当てをしたようだった。
 兵助は怪我ではなくて、精神的に酷い状態だったと言った。
「あぁ、大丈夫だ。あいつは放っておいてもどうにかなる」
 強いから、と俺は兵助を安心させようと笑った。本当は五十嵐が精神的に参っていたのは心配だったが、俺は兵助の方が心配だった。
「それより、お前の方が酷い顔だ。休めば良い」
 不器用で、そのことを気にしている謙虚な兵助が、五十嵐を前にどんな気持だっただろうかと考えると、俺は兵助を安心させた方が良いと思った。五十嵐が素直に眠っているところからして、上手くやったのだろう。
 きっと兵助が気付いていないだけだ。
 兵助と五十嵐のところに斉藤さんをつけて、俺は下級生たちを見ることにした。


 久々知を見ていると、竹谷が走ってくるのが見えた。
「おい、お前ら、体育が来た。応戦する……って、何で舌打ちする、五十嵐っ」
 慌てた様子の竹谷に思わず舌打ちする。体育委員会は厄介だ。とりあえず逃げた方が良いが、それは火薬委員会だけで応戦すればという話。
 生物委員会と一緒ならば話は違う。
「久々知、久々知。体育が来たってさ」
 気持ち良さそうに眠る久々知を揺すり起こす。んー、と小さくないてもぞもぞと動き出すのを見て、思わず口角が上がる。
「五十嵐、何笑っているんだよ、気持ち悪い」
 私は竹谷の居場所だけを確認すると、目を擦りながら半目できょろきょろと周囲を見渡す久々知に目を戻した。そして、懐に手を伸ばす。
「五十嵐、手裏剣は危ないってっ」
 五年生にもなると、標的を見ずとも手裏剣を投げられる。私は初めてその技術を実戦に使った。


 目を覚ますと、五十嵐が八左ヱ門に手裏剣を投げていた。一体何が起こったのか分からず二人を交互に見る。
「体育委員がやってきたってさ」
 五十嵐に言われる。体育委員がやってきたということは、戦うのだろうか。尋ねようとしたが、それよりも前に五十嵐と八左ヱ門が私の前に座り、八左ヱ門が私の右手を、五十嵐が私の左手を握った。
「行こうぜ」
 八左ヱ門がにやりと笑い、五十嵐が僅かに口角を上げた。五十嵐の表情に驚いていると、強く手を引かれる。そのまま二人が走りだし、私はそれに引っ張られるようについていく。斉藤さんの笑い声が後ろから聞こえてきた。
 茂みの向こうに立っていた火薬委員と生物委員の面々は私たちの足音に気付いたのか、振り返った。体育委員がやってくる、という割には、どの子も表情が明るかった。
「待たせたな」
 八左ヱ門が微塵を投げた。微塵は飛んできた戦輪に絡みつき、戦輪は地面に落ちる。
「滝夜叉丸は俺が止める。七松先輩頼んだぞ」
 私の手を離し、下級生を通り越し、戦輪が飛んできた茂みに飛び込む八左ヱ門の後ろ姿に、五十嵐が声を荒らげる。
「竹谷、抜け駆けかよっ」
 ああ、そういえば体育委員長は七松先輩だったな、と私は思い出した。
「しょうがない。行くよ」
 五十嵐は私の手を引いて、七松先輩がいるであろう大木の前まで走っていき、大きな枝を見上げた。そして、五十嵐は私の手を離す。
「七松先輩、五年は組学級委員五十嵐伊勢、火薬委員長代理五年い組久々知兵助です。七松先輩、お相手願います」
 とても忍者らしからぬ行動だ。しかし、五十嵐は堂々とそう言って、忍び刀を抜いた。藤色の刀飾りが揺れる。これで七松先輩が降りて来なければ、私たちは不利になる。しかし、五十嵐を見る限り、七松先輩が降りてくることを信じて疑っていないようだった。
 私は苦無と共に寸鉄を握った。すると、頭上で葉が揺れる音がした。
「お前たちが私の相手かー」
 太い枝から降って来たのは、"暴君"と噂される六年生。七松先輩は、にやりと好戦的な笑みを浮かべ、苦無を構えた。
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