背中を合わせて星を見た

委員会対抗戦の段


 竹谷が来てくれてよかったと思った。竹谷は私のことをよく気にかけてくれる。竹谷は五十嵐とも仲が良い。五年生で組を作れば、竹谷は五十嵐と一緒になることが多いからだ。
 五十嵐が竹谷の言葉に応じていた時、安心した。そして、少しだけ喜ぶ余裕もできた。野外だったけど、昨晩よりはすぐに寝つけた。
「おい、兵助、起きろ」
 寝ていたところを揺すり起こされる。五十嵐に起こされるはずだが、五十嵐の声ではない。顔を上げると、雷蔵の顔があった。
「三郎?」
 話し方が雷蔵ではない。そう聞き返すと、三郎は素直に頷いた。
「五十嵐が潮江先輩と交戦した。先輩はもういないが、行ってやれ」
 ぼーっとしていた頭が覚醒する。五十嵐が潮江先輩と交戦して、勝てるはずがない。五十嵐は五年生の中でも肉体的にはそれほど強くはない。いろは対抗戦の時も、同学年の三郎相手に苦戦していた。
「五十嵐は無事……」
「早くっ」
 五十嵐の無事を尋ねようとすると、三郎はそれを遮って森の中を指さした。
「今回指揮しているのはお前だろ」
 そう言われて漸く気がついた。
「委員長の意見に従うよ。私はただの雇われだからさ」
 五十嵐は竹谷の申し出に対して、そう言った。五十嵐は私に一度も指示をすることはなかった。いつだって、私の言葉を待っていた。


 木が倒れて、僅かに開けた場所に五十嵐は座っていた。五十嵐はボロボロだった。制服がところどころ破けていた。怪我はしていない。ただ、俯き加減の表情から、何があったのかは分かった。
 五十嵐は見たこともないような表情をしていた。眼を見開いたまま、月のない空を見上げていた。泣いているのかと思って焦ったが、涙は流していなかった。
 ただ、逆に涙を流していないことが不思議な表情だった。しかし、拳は確りと握られていて、悔しかったということが分かった。私はいつだって五十嵐の気持ちが分からない。
「五十嵐」
 だから、かける言葉が見つからない。私は三郎のように気を利かせられないし、雷蔵のように話を聞くのが上手いわけでもないし、八左ヱ門のように笑わせることもできない。
 五十嵐に近づく。五十嵐は私の方を見ようとせず、空を見ていた。背に触れるか触れないかのところで座る。五十嵐は何も言わない。ここまで近づいても何も言われないことに対する安心感よりも、何も言わないことに対する不安の方が勝った。
 ただ、話しかけられない。何を話しかけて良いのか分からない。顔も見れなかった。顔を合わせたら、何かを話さないといけない。
 できることなら、何かを言いたかった。ただ、二度と彼女を傷つけるようなことを言いたくなかった。
 私は五年のみんなのように上手くやれないから。
 私は何もせずに、ただ五十嵐と背中合わせに座っていた。時間がゆっくりと流れていくようだった。
 北斗七星が傾いて、私と五十嵐の交代時間になった。
「交代しよう」
 そう言うと、五十嵐がゆっくりと動く気配がした。振り返ると、五十嵐は立ち上がることなく、そのまま横になっていた。強く握られていた拳は、少しだけ緩んでいた。
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