素直な子は可愛い

委員会対抗戦の段


 ずっと機会を狙っていた。しかし、五十嵐先輩はずっと竹谷先輩とお話していて、なかなか一人にならない。二人は仲が良い。たまに竹谷先輩が久々知先輩にも話を振っていた。でも、五十嵐先輩と久々知先輩は直接お話しない。
 久々知先輩が、いろは対抗戦の時にお話してくださったことは、本当のことなんだろう。先輩ですら溝を埋められないのに、僕がそれを埋めることができるとは思えなかった。
 ただ、一言言いたかった。ありがとうございました、と。火薬の暴発から助けてくださって、その上、先輩は一つ上、それも武闘派の食満先輩から守ってくださった。
「先輩、ありがとうございました」
 夕食の後、漸く一人になった先輩に勇気を出して言った。怒られるかと思ったが、先輩は一瞬きょとんとした顔をした。しかし、すぐに笑顔に変わった。
「あっ、今日のこと? 別に構わないよ。怪我がなくて良かった。むしろ、悪かったね。怖かっただろう、食満先輩」
 にこにこと笑う先輩は、食満先輩のことを怖いなどとは思ったことがないのだろう。いつも組手をしているのだ。
「怖かったです」
 そう言うと、素直素直、と頭を撫でられた。こんなに大げさに褒められるなんて久しぶりで、どんな顔をしていいのか分からなくて困った。
「一年い組のみんなとは仲良くしているかい?」
 先輩はそう尋ねた。僕が庄左ヱ門だったら、即答できただろう。ただ、僕は答えられなかった。嘘はつきたくない。一年い組のみんなのことは嫌いじゃないけど、好きとは言えなかった。
 僕は学級委員失格かもしれない。
 どうしようかと悩んでいると、五十嵐先輩は僕を膝の上にのせた。びっくりして先輩を見上げたのに、先輩はにやっと笑っているだけだった。
「潮江先輩と立花先輩は知ってる?」
 見上げて頷くと頭を撫でられた。
「二人はとても仲が良い。そうだね、四年生くらいの時からかな」
 五十嵐先輩は、二人のことが嫌いなはずだ。何故知っているのだろう、と思った。しかし、すぐにその答えは出た。
 この人は見ていないようで人を見ている。
「きっと、そういうものなんだよね。気にする必要はないよ」
 ゆっくりゆっくり仲良くなっていけばよいさ、と先輩は笑った。君たちにはその時間があるだろう、と続けて、先輩は空に目をやった。
「あいつは一緒に愚痴を言う仲間も、励まし合う仲間もいなかった」
 久々知先輩の言葉が蘇えった。先輩なら、すぐに仲良くなれたかもしれないけど、先輩には時間がなかったのかもしれない。
「先輩は一人で、寂しくないんですか?」
 そう尋ねると、先輩は声を出して笑った。何がおかしいのだろう。
「腹立たしくも素晴らしい先輩方、ウザイながらも信頼できる仲間たち、クソ生意気ながらもかわいい後輩たちに囲まれて、私は幸せだよ。全然寂しくなんてない」
 貶しているようだったけど、先輩は笑っていた。何故か、嫌な気持ちにはならなかった。
「お前も生意気なところあるけどかわいいんだよ。あっ、心配しないでね。黒木は今福の数倍生意気だから。あいつ、本当にね……」
 先輩は徐に溜息を吐いたが、口元は笑っていた。
「本当に今日は災難だったよね」
 先輩は再び溜息を吐いた。まだ、対抗戦は終わっていない。用具委員会と保健委員会以外にも厄介な委員会はたくさんある。
「不安?」
 先輩は僕の顔を覗き込み、ニッと歯を出して笑った。
「大丈夫だよ。五年一の優等生久々知に、五年一の体力馬鹿の竹谷に、あの鉢屋を常識人に見せる五年一の厄介者の私だよ。そう簡単にはやられないさ」
 鉢屋先輩が委員会の時に真面目なのは、五十嵐先輩のせいだったらしい。それがおかしくて、思わず笑ってしまうと、五十嵐先輩も嬉しそうに笑った。
「良い子だなぁ、今福は」
 先輩はそう言いながら、ぎゅーっと僕を抱き締めた。そんなことは久しぶりで、びっくりして顔を上げると、一年は組の二郭伊助が同情の籠った目でこちらを見ているのが視界に入った。
 そういえば、伊助って庄左ヱ門と同室だったような。


 五十嵐が今福と喋っていた。楽しそうに笑っている。
「い組は嫌いじゃなかったのか?」
 矢羽音でそう尋ねる。五十嵐のい組嫌いなんて、ただの自称なのだが、一体どんな返事を返してくるのだろうかと思ってしまう。
「素直な子は可愛い」
 綺麗さっぱり開き直ったような矢羽音が、すぐに返って来た。
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