空白の恩恵を受けた男

天女様と王様の段


 五十嵐が一人で部屋で泣いていた。五十嵐の周りには誰もいない。食事をとる時も一人で、誰も彼女のことを気にかけない。一人で街に出た彼女に誰も声をかけない。帰りに、崖に落ちた小さな子どもを助けて挫いてしまった足を、医務室にも行かず一人で包帯を巻いていた。上手く巻けずに何度も何度も巻き直していた。
 私は彼女の表情を最後まで直視することができなかった。
「大丈夫よ」
 そう、これは幻影。彼女の未来だと菅井様は言う。
「あの子はあなたを殺すわ。その前に殺さないとね」
 それは私が宛がわれた部屋。布団を敷く私の背に突き刺さるのは忍び刀。
「じゃあ、あんたはどうしたいの? その"不審者"を優秀な忍たまは責任持って排除したいの? 諏訪を殺したいなら殺せば良いさ。私が全力で諏訪を守るけどね。次こそは、絶対に……」
 たまたまだった。たまたま通りかかったのが五年い組の教室だった。菅井様の見せる幻影から、聞き慣れた強い声が私を引き摺り出してくれた。
 不思議と驚きはなかった。彼女はそう言う人間だと分かっていた。
「五年い組尾浜勘右衛門、私とよく一緒にいた男には気をつけてね」
 五十嵐の言葉が蘇える。それは五年い組の尾浜君に宛てた言葉だったことは容易に想像がついた。食堂で私を取り囲まない唯一の人。私に不審な目を向けている彼のことは、名前こそ知らないものの、把握はしていた。
 別に嫌いなわけではない。むしろ、好感が持てた。不審がられるのは嫌だったが、あの人が五十嵐ことを心配しているのはすぐに分かった。
「どうかしら?」
 菅井様の声が聞こえたが、私はそのまま歩き続けた。五十嵐は私を殺さない。私も五十嵐を殺さない。私を呼び寄せたこの女をどうにかして、この学園にかけられた何かを解かなくてはいけない。
 この学園がおかしいことは、五十嵐から毎日聞く話で分かった。菅井様のせいであることも容易に予想ができた。
「殺さないといけないことが分かったでしょう」
 菅井様の言葉は自信に満ちていて、私が五十嵐に怯えることを信じて疑っていないようだった。私は感じ用が表情に出にくいが、五十嵐の言葉を聞いたはずの菅井様が動じていないことが不思議だった。
 そこで漸く私は気付いた。尾浜勘右衛門という人間を菅井様は認識していない。おそらく、尾浜勘右衛門が直接関係することを認識できていない。そう考えれば、全ての辻褄は合うのだ。
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