救世主
委員会対抗戦の段
鉄双節棍を流し続ける。衝撃で腕の感覚がなくなっていく。勝てる可能性など皆無に近いのに関わらず、それでも降参なんて一瞬たりとも候補に入れなかったのはこの人の後輩だからだ。
実力の差も体力の差も圧倒的だ。私は息が切れて限界に近いのに、この人は余裕だ。
子どもの悲鳴が聞こえた。それと同時に火薬の薫りがした。誰かの持っていた火薬に誤って火がついたのだ。
「今福っ」
悲鳴の方向と声質から今福だと特定し、私は忍び刀で鉄双節棍を流すと、敵に背を向ける。
滑り込むようにして今福を抱えて走る。爆音と共に爆風が吹く。私は爆風が止むか止まないかの時に、今福を抱えたまま体を起こし、忍び刀を構えた。
次の瞬間、金属音が響き渡る。鉄双節棍と忍び刀の正面衝突に、今福が私に強くしがみつくのを感じた。
「うちのかわいい一年生が怖がってるじゃないですか」
「軽口叩ける身か?」
私が限界に近いということは今福にも伝わっているはずだ。今福の顔は不安でいっぱいだ。今福の頭上では金属がこすれるキリキリという音が響く。今福には申し訳ないが、私にも余裕がなかった。腕が割れるように痛む。
その時だった。
「善法寺先輩、食満先輩ー。多勢に無勢は卑怯ですよ」
よく知っている声が聞こえると同時に、ばさばさと何かが降ってくる。
「生物委員会?」
それは私と食満先輩から少し離れたところに降ってきた。
「笄蛭だ。いやー」
喜三太の悲鳴に近い叫び声。
「笄蛭とは、蛞蝓の天敵の生き物だな」
「解説は良いですから、食満先輩ー。僕のなめさんがー」
涙をいっぱいに溜めながら必死に笄蛭を追い払う喜三太のところへ食満先輩は走っていく。喜三太を叱ることなく、一緒に笄蛭を追い払う食満先輩は良き先輩ではあるだろう。
「竹谷、やってくれるね」
伊作が竹谷が立っている太い木の幹を見上げて言った。
「先輩方が協力体制取っているんですから、かわいい後輩も協力体制とっても構いませんよね」
それと同時に、大量の虫が降ってくる。どうやら、虫を降らせているのは一年生のようだ。この虫が保健委員にばかり当たるのは何故だろうか。
「この地は我が生物委員会の手に落ちたり」
竹谷が高々と叫び、
「落ちたりー」
一年生が声を合わせて、それに応じる。
「ジュンコー」
伊賀崎はいつもの伊賀崎だった。
「大人しく手を引いて下さい」
竹谷の言葉に、私は今福を竹谷の方へ投げる。みな、虫が落ちてきた時に逃げ始めたようで、池田や斉藤さんの姿は見えなかった。自分も逃げようと足を踏み出したところ、足に衝撃が走る。
「そうはさせません」
打ちつけられたのは三節棍。その向こうにいたのは、三年ろ組用具委員の富松作兵衛だ。強い衝撃だった。
「来年が楽しみだよ」
三年生。それでこの混乱の中、冷静に、そしてこの厄介な武器を操ることができるのは、なかなかの実力者であると言わざるを得ない。
私は何事もなかったかのように跳躍し、木の上に登った。
「やってくれるんだろう、次期用具委員長殿」
今度は君が今の一年生を率いて。
脚の激しい痛みを押し殺し、にやりと笑うと、富松は悔しそうに私を見上げた。