甘い香りには罠がある

委員会対抗戦の段


 予算争奪戦ということで、盛り上がる他委員会を俺たちは静かに眺めた。
「生きて帰れる気がしないんですけど」
 周囲の委員会を見ながら呟く伊助の頭に、五十嵐は手を置いた。
「うん」
 そういえば、五十嵐敬助は五年間学級委員会だから、予算争奪戦には参加したことがない。私だって各委員会に一つずつ渡される巻物の争奪戦は初めてだ。
 私は同じ五年生の竹谷が下級生と生物たちを連れて楽しそうにしているのを見やった。


 指定された出発地点からしばらく歩いたところで、伊助が木苺を見つけた。三郎次と一緒に、木苺の木の方へ走っていく。あまり急ぐと危ないよ、と斉藤さんが笑って今福の手を引き小走りでついていった。
 私たちはそれを呑気に見ていたわけだが、木苺の木の近くまで来た時、顔を見合わせた。潜んでいる。それもかなりの人数だ。一委員会ではない。五十嵐の顔色が変わる。
「みんな逃げろっ」
 五十嵐が叫ぶ。そして、びくりと体を震わせる一年生に向かって走る。がさがさという音と共に、隠れていた忍たまたちが姿を現した。
「あはは、伊勢ちゃんの予想通りだね」
 そう笑う斉藤さん相手に容赦なく双鉄棍が降ってきた。止めに行くのにも距離が離れていて無理だと咄嗟に判断して、危ない、と鋭く注意を促した。あれをまともに受けたら命に関わる。
 ふわ、という斉藤さんの間の抜けた声の次の瞬間、金属音が鳴り響く。
「逃げたいんですけど」
「そうはさせられないな」
 食満先輩の双節棍を止めたのは、五十嵐の忍び刀。食満先輩の意図が見えた。最初から、このことを想定して、斉藤さんに襲いかかったのだと。
 食満先輩は五十嵐の動きの速さを正確に認識している。
 しかし、もう五十嵐は一人では逃げられない。五年六年の合同演習の時に、五十嵐は食満先輩相手では、時間稼ぎしかできないと言っていた。逃げることすらできない、と。
「無茶するなって言ったじゃないですか?」
「大きな怪我はさせねぇ」
 逃げるためには助けに入らなくてはいけない。
 二人の間に割って入ろうと走りだそうとすると、何かが投げられる音がした。私は足を止める。すると、目の前の地面に苦無が刺さった。
「はーい、久々知。君の相手は私だよ」
 目の前に歩いてきたのは、いろは対抗戦では容赦なく極技を披露してくださった善法寺伊作先輩。この異様な雰囲気は予算のためなのか何なのか。
「斉藤さん」
「挟まれちゃったねー」
 背後からは、三年生の声と困ったような斉藤さんの声がした。斉藤さんも動けない。
「今福、こういう場面では自分の心配をした方が良いだろ?」
 五十嵐の方へ走りだそうとした今福がちらりと見えたが、その前には川西左近がいた。焦って何度も五十嵐の方を見ているが、どちみち今福一人ではどうにもできない。
「ごめんね、伊助」
「あっ、なめさんが……」
「予算のためだから」
 伊助は一年は組の三人に、
「……池田先輩みーっけ」
「すごいスリルー」
 三郎次は一年ろ組に囲まれていた。私たちは身動きが取れない。逃げることすらできない。
「五十嵐、どいつが巻物持っている?」
「私の答えを信用しますか?」
「まず、そいつから除外するな」
 食満先輩と五十嵐の方からは、激しい金属音が響いている。私は善法寺先輩と対峙しながらも、意識はそちらに傾けていた。
「久々知、五十嵐のことが気になるかい?」
 善法寺先輩はやんわりとした笑顔を浮かべて尋ねた。
「いえ」
 気になるなんて言ったら、対峙しているこの人に失礼だ。そう思って嘘を吐いたのに。
「何で笑うんですか?」
 善法寺先輩は笑い始めた。腹を押さえて派手に笑っていたた。
「おい、伊作、真面目にやれよ」
 そのせいか、食満先輩の怒号が飛んできた。
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