可愛らしい我儘

委員会対抗戦の段


 生物委員会の後輩たちを集めて、形だけの委員会をした。作戦なんて何一つ立てていないが、それでも構わない。作戦会議という名前だけで、期待に胸を膨らませてくれる後輩たちは可愛い。作戦会議は作戦を立てるためじゃないんだと心からそう思う。
 集まるだけでも意味がある。
 後輩たちを長屋まで送って、部屋に戻る途中、兵助を見つけた。五十嵐の部屋から出てきた兵助も作戦会議をしていたのだろうか。しかし、様子がおかしいことに俺は気付いた。
「兵助、どうした?」
 足早にい組の自室に入っていこうとする兵助の肩を掴む。
「竹谷」
 振り返った兵助の表情は暗かった。表情が分かり難い兵助だからこそ、ここまではっきりと暗さが出るのは珍しい。
「竹谷、明日、どうしよう……」
 絞り出すような兵助の声に、俺は気がかりを思い出す。
「敬助か……」
 そう尋ねると、兵助は頷いて、俺の手を振り払って部屋の中に入っていってしまった。


 厠に行った後、部屋の前まで戻ると、人影があった。
「伊勢、作戦会議は終わったのかい」
「下手くそ」
 トイレットペーパーを抱え、六年生の制服を着ているその男に、私はそう返した。似ていないわけではないが、声の質がまるで違う。
「何がしたいの?」
「それはこっちの台詞だ」
 べりっと伊作の顔を剥がし、雷蔵の顔に戻った鉢屋は、私の胸倉をつかんだ。
「久々知に何を言った?」
「何も言ってない」
 抵抗の意を込めて、鉢屋の肩に手を置く。
 私は久々知には何も言っていない。ただ、久々知も何も言っていないが。
「私はい組が嫌いなんだよ」
 久々知と尾浜とは一定の距離を置いてきた。これからもそれで良いと思う。今まで、それで何とかなっていたのだから。それに本当に今さらだ。鉢屋なんて自分を刺しおいて私が不破や竹谷と仲良くすると怒るくせに。
「三郎、敬助、やめなよ」
 がらりと扉が開いて、突然現れた不破は私と鉢屋を引き離した。
「君たちは頭を冷やすべきだ」
 そう言って、不破は鉢屋を引き摺って部屋に戻ってしまった。私は黙って部屋に戻った。


 私と留三郎は六年長屋から、五年長屋の廊下で起こった一部始終を見ていた。久々知と伊勢の間に何かがあったようだが、他の火薬委員の面々の顔を見る限り、大きなことではないらしい。
 しかし、些細なことでも、当事者にとっては大きなこともある。
 竹谷が久々知の異変に気付き、久々知を追おうとしたが、鉢屋がそれを制した。鉢屋はその後、私に扮して伊勢に話しかけた。伊勢はすぐに気付き、鉢屋と取っ組み合いになった。
「行かなくても大丈夫なのか?」
 そう尋ねる留三郎に頷く。五年生の間の諍いに、私たちが手を出したら逆効果だ。
 鉢屋の苛立ちは私たちが原因なのだから。
「みんな良い子なんだけどな。本当に申し訳ないよ。僕の我儘身勝手な妹が」
「我儘身勝手は鉢屋も似たかよったかだけどな」
 確かにね、と私は笑った。頑なに和解を拒む伊勢も身勝手だが、鉢屋も我儘といったら我儘だ。不破に止められて、渋々部屋に戻る鉢屋の後ろ姿を見ながらそう思った。
「伊勢ちゃんは、鉢屋に紹介してもらってできた友達です」
 だから、鉢屋にとってはかけがえのない友人なんですよ、と不破が教えてくれたのを思い出す。竹谷や久々知や尾浜とは違い、鉢屋が自力で作った友人なのだと。だから、自分を差し置いて、他の友人と仲良くするのを快く思わないのだ、と。
 本当に可愛らしい我儘だ。
 明日に備えて寝るぞ、と笑う留三郎ににやりと笑って返す。予算争奪戦。負けるわけにはいかない。五年生には悪いけど、手加減をする気はあまりない。
 大人げなく関節を折る気もしないが。
「五十嵐と合同演習の時の決着ついていないからな」
「ほどほどにお願いね」
 私は伊勢の部屋を見やってから、留三郎に続いて部屋に戻った。
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