十五歳と十四歳

委員会対抗戦の段


 火薬委員長代理の久々知兵助君は、火薬倉庫の火薬をほとんど網羅している。リストの中で、なかなか見つからない火薬があって尋ねると、すぐに場所を教えてくれた。
「兵助君ってすごいよね。尊敬しちゃうなぁ」
 何気ない一言だった。なんの含みもない、ただの素直な感想だった。自分の作業に戻ろうとする兵助君が立ち止まって振り返った。
 その時の表情が忘れられない。兵助君は、何も言わず、普段はあまり表情の変わらない顔に、困ったような、でも嬉しそうな笑みを浮かべた。


 成績優秀で品行方正だけど、ちょっと不器用な兵助君と、成績にも素行にも問題があるけど、人当たりが良い伊勢ちゃん。それだけ見れば、二人は正反対だけど、僕にはそうは見えなかった。
 一つ下、それもこの学園の中ですくすくと育ってきた兵助君と伊勢ちゃんは、とても素直な良い子だった。僕と同い年の六年生が可愛がる理由がよく分かった。
「会計委員がやってきたらどうするんですか?」
 伊助君の質問に、伊勢ちゃんはそうだね、と微笑んだ。
「そうだね。逃げるかどうかはその時の状況によるけど、どちらにしろ銃火器使える田村を探す人が必要だね。田村がいる限り、逃げるコツも打ち負かすこともできないから。これは池田が良いんじゃないかな。あと、二郭と今福と同じ組の一年生が二人いたね。それぞれが当たれば良いんじゃないかなぁ。その間に、潮江と神埼を食い止めるからさ」
 潮江君に先輩がついていなことを指摘するような人はいない。
「えー、田村先輩四年生ですよ」
 三郎次君がへらへらと笑って、手を横に振った。
「田村じゃなくてユリコを狙えば良いよ」
「先輩みたいに崖の上からキックですか?」
 すかさず尋ねるのは伊助君だ。確かに、崖の上から血を撒き散らしながらユリコごと三木ヱ門君を落としたのは、なかなか忘れられない。
「それでも構わないけどお勧めはしない。無傷でやれるなら別だけどね」
 その言葉に、また食満先輩と善法寺先輩ですか、と伊助が笑い、笑い事じゃないと言って、伊勢ちゃんが伊助君の頭を乱暴に撫でる。三郎次君どころか、釣られて彦四郎君まで笑っている。私もみんなに合わせて笑いながら、隣を見やった。
 伊勢ちゃんがやっていることは後輩の質問に答えることだけで、彼が取り仕切っているわけじゃない。兵助君の名前を出さなかったのも、彼を仲間はずれにしたいわけでは無くて、伊勢ちゃんよりも彼の方が"上"だからだ。ただ、少し鈍い兵助君は、そのことに気付いていないようだった。僕は兵助君の表情が暗くなっていくのが分かった。
 どの委員会に当たった時はどうするか、と次々に尋ねていく下級生に、伊勢ちゃんは丁寧に答えていった。でも、伊勢ちゃんは兵助君に話しかけるなんてことは一度もなくて、兵助君も一言もしゃべらなかった。
 そのうち入浴の時間が近くなったから、僕は兵助君に切り上げないかと尋ねた。伊勢ちゃんが切り上げなかった理由も、僕が伊勢ちゃんではなく兵助君にそれを尋ねた理由も、兵助君は分かっていないらしい。暗い顔をしたまま、お開きにしよう、とだけ言った。
 足早に去っていく兵助君と、急いでお風呂に入ろうとする下級生を見送る。
「伊勢ちゃん、どうしたの?」
 何か考え事をしているらしい伊勢ちゃんに僕はそう尋ねた。勿論、内容は兵助君関係だということを期待していた。
「一つ危惧していることがあるんだよね」
 その言葉に、僕は期待が外れたことに気付いた。でも、尋ねておいて損はない。
「伊勢ちゃん、危惧していることって何?」
 そう尋ねると、伊勢ちゃんは口元に手を当てた。
「もし、私が保健委員長だったら、用具委員長に手を組まないかと打診するなぁ、と思って」
 伊勢ちゃんは紙を取り出す。そこには、各委員会の忍たまの名前が書かれていた。名前だけではなく、様々な書き込みがある。
 用具委員会と保健委員会は並べて書かれていた。そして、その間には何本もの線が書かていた。
 保健委員長の善法寺伊作君と用具委員長の食満留三郎君は同室で仲が良い。委員会二番手の三反田数馬君と富松作兵衛君は同学年で、組こそ違うものの仲が悪いという噂は訊いたことがない。一年生の猪名寺乱太郎君と福富しんべヱ君は同室で、山村喜三太君も同じ組だ。オマケに鶴町伏木蔵君と下坂部平太君も同じ組だ。
 人数も同じで、学年構成も似ていて、同室が二組もいる。
「しかも、善法寺先輩も食満先輩も人一倍委員会活動には熱心で、後輩好きだからね」
 あの人たち、絶対やらかしてくれるよ、と伊勢は呆れ顔で笑った。
「食満先輩の双鉄棍、私の得意武器とも、久々知の得意武器とも相性悪いんだよね」
 組手でも敵わないのに、と伊勢ちゃんは溜息を吐いた。
「もし、保健委員会と用具委員会が手を結んでいたらどうするの?」
「全力で逃げるよ。何があっても逃げるよ。だって、そこで戦っても、後で逃げなきゃいけないからね」
 あの二人厄介なんだよねぇ、と伊勢ちゃんは少し照れくさそうに笑いながら真っ暗な空を見やった。
「伊勢ちゃんは本当に善法寺君と食満君が好きだね」
 そう言うと、伊勢ちゃんは何も言わずに、困ったように、でも嬉しそうに笑った。うん、善法寺君があんなに心配する理由も、食満先輩が可愛がる理由もよく分かる。こういう照れ隠しをする時の笑い方、兵助君と本当によく似ているんだけどねぇ。
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