久しぶりの同室

天女様と王様の段


 そんな日に彼女と話す機会ができるなんて幸運だった。不運な兄では考えられない。
 彼女が偶然一人で私の長屋の前を通りかかったのだ。足音だけですぐに分かった。忍たま上級生はあんな足音を立てない。そして、彼女に近づこうとする足音は忍たまのものだ。
「司ちゃん。ごめん、今、大丈夫? トイレットペーパーを補充」
 私は思いっきり戸を開け、そのままその勢いで蹴りを入れようとした。私に蹴りを入れられそうになった忍たまは私の蹴りを避け、夜闇に消えてしまった。私は呆然とする彼女の手を握り、長屋に引きこんだ。
「あれは鉢屋だ。大体こんな時間に、忍たま長屋をうろうろしていたら危ないよ」
 戸を閉めながほら、私は言った。鉢屋の変装は下手ではなかったが、私をだますには及ばない。
 あの人はあんな声じゃない。私の部屋の前であの人に化けるなんて、喧嘩を売っている。
「七松先輩に用があるって……」
「七松先輩? 大丈夫、大丈夫。大した用じゃないよ、それよりも、ここから五年の部屋の前通って、六年長屋まで行く方が危ないよ。帰りは部屋まで送っていってあげる」
 私はお茶を淹れた。彼女と喋る折角の機会だ。それに、こんな時間に忍たまの部屋、それも六年生の部屋なんて嫌な予感しかしない。
 それに、上級生相手ならば、もし何かがあった時に、彼女は抵抗できない。
「ありがとうございます」
 彼女はほっとした顔をした。彼女自身も警戒していたらしい。
「諏訪って呼んで良い?」
 みんなは司ちゃんって呼んでいる。でも、司ちゃんって呼ばれた時の反応はぎこちないように感じる。きっと、この子はここに来る前、司ちゃんなんて呼ばれていなかったんだと思う。
 彼女は頷いた。
「じゃあ、私のことは五十嵐って呼んで。名前は五十嵐伊勢」
 そう自己紹介すると、五十嵐は口元を緩めた。
「五十嵐は女装しているって聞いたけど、女の子だよね」
「何で分かったの?」
 間髪入れずに尋ねてしまう。それは、彼女の微笑から、誤魔化せないことを悟ったからだ。
「ごめん。秘密」
 どうせ伊作辺りが漏らしてしまったのだろう、と思うことにしたが、腑には落ちなかった。五十嵐は伊作が私の兄であるということには気づいていないようだ。普通、話すとしたら私が妹であるということから話すような気がする。
 しかし、それがばれてしまっているのは私にとっては幸運だった。頭の中で、ポン、と小気味の良い音と共に、考えが一つ浮かんでくる。
「ねぇ、諏訪……送るの面倒になった。ここに住まない?」
 えっ、と諏訪は困惑の声を出したものの、やや表情が明るくなったような気がした。
「明日、午前中授業ないから、荷物運ぶの手伝ってあげる。だから、引っ越してきなよ。私は二年生から同室いないから、来てくれると嬉しい」
「お願いしても良い?」
 遠慮気味に尋ねる諏訪に、勿論、と私は笑った。
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