女装少年と彼の味方

委員会対抗戦の段


 誰もいない部屋。綺麗とは言い難いが、汚いわけでもない私の部屋。私は倒れ込むように部屋の中に入ると、重ねてあった布団に倒れ込んだ。昨晩我慢していたのもあって、すぐに目頭が熱くなる。
 悲しくも苦しくもない。悔しいのだ。じわっと出てきた涙を布団に染み込ませて鼻を啜る。目も熱いが、体も焼けるように熱い。
 私は割と泣くのが好きだった。部屋で一人で泣けば気持ちが落ち着く。誰にも迷惑をかけずに楽になれる。だから、私は一人でいる時に涙を我慢することはない。
 ただ、それは一人だけの時の話だ。
 がらっ、といきなり扉が開いた。私は息を止めた。私の性別を知っている上級生ということはないだろう、と思った。彼らなら扉を開ける前に一声かけてくるはずだ。だから、このまま息を止めていれば寝ていると勘違いしてくれるだろう、と。私は狸寝入りを決め込むことにした。
 しかし、私の予想は大きく裏切られる。
「どうした、五十嵐」
 声だけで分かった。食満先輩だということが。すぐにこちらに近づいてくる足音がした。六年生相手に、息を止めていれば狸寝入りなどすぐに分かる。
「疲れてます」
 私は素直にそう言った。わざと布団に強く顔を押し付けて、できる限りこの涙声が隠れるように言った。
「寝るなら布団敷けよ」
 いつもなら有難い言葉も、今はいらなかった。
「後で敷きます」
 頼むから出て行ってください、と私は心の中で祈ったが、食満先輩が遠ざかる気配はない。それどころか、頭を容赦なく掴まれて、顔を布団と引きはがされた。
「何があった?」
 無理矢理正面を向けられたせいで黒い釣り眼から逃れられなくなる。
「大したことではありません」
 ニィッと笑って続けると、食満先輩はそれは良かったと言った。私も安心した。そのまま何も言わず、出て行ってくれるだろう、と思っていた。
 しかし、私は甘かった。食満先輩はにやりと笑った。
「じゃあ、話せるよな」
 そうだ、この人はこういう人間だった。失念していた。絶対に敵わないのだ。肉体的にも精神的にも、先輩は私より何枚も上手だ。
「悔しかったんです。昨日の夜、私のせいで先輩が馬鹿にされました」
 そう言うと、先輩は真顔に戻って、ああ、そういえば、と思い出したかのように言った。
「文次郎とやり合ったらしいな」
「歯が立ちませんでした」
 潮江先輩は強い。あの大きな武器をあの速さで振り回し、それを持続できる持久力を持っている。そして、あの人は手加減もできる。
 それだけの余裕を持って私の相手ができる。
「当然だ」
 六年生だからな、と食満先輩は素直にそう言った。いつも散々喧嘩をしているが、食満先輩は潮江先輩を認めている。
 みんなこんな人だったら良いのに、と思った。
「久々知はどうしたんだ?」
 思い出したかのように尋ねてくる食満先輩に答える。
「寝ていました。でも、潮江先輩がいなくなった後に来てくれました」
 久々知には感謝している。何を言って良いのか分からなかっただけだろうとは思うが、何も言わず顔も見ずに背中を向けて座ってくれたことは救われた。尾浜ではこうはいかない。
「それは良かったな」
 食満先輩は嬉しそうに笑った。何がそんなに嬉しいのだろうか。これで満足してくれただろうか、と私は期待を込めて先輩を見たが、先輩が立ちあがる気配は全くなかった。
「本当に悔しかったのは、俺たちが馬鹿にされたことでも文次郎に歯が立たなかったことでもだろう。お前のことだ。俺と文次郎はいつものことだし、お前が六年生との実力差に気付いていないはずがない」
 食満先輩は嫌いじゃない。むしろ、好きな先輩だ。面倒見も良いし、優しいし、伊作のことをよく理解しているし、正義感も強い。熱くなりすぎて暴走することもあるが、そういうところも嫌いじゃなかった。
 尊敬している。それは分かって欲しい。ただ、そんなところを恨みたくなることもあるだけだ。
「言ってみろ。楽になる」
 私は降参を決めた。
「あの人は私に感情的だと言いました」
 私が感情的になりやすいのは認める。ただ、それは私だけに言えたことだろうか。
「あの人は、伊作を馬鹿にしていて見ようとしません。あの人には感情的だなんて言われたくありません。見ようとせずに馬鹿にするのが許せないんです。同じ六年生なのに」
 食満先輩は真面目な顔で聞いていたが、私が言い終わるといつもの笑顔を浮かべた。
「伊作も仕方がない奴だ」
 食満先輩は明るく笑った。そして、私の頭を撫でると言った。
「だが、六年の問題をお前が気に病む必要はない。これは伊作がどうにかしないといけない問題だ」
 でも、と言いかけたのを食満先輩は遮って続けた。
「お前が一番伊作がすごい奴だって知ってんだろ」
 信じてやれよ、と。
 暗くて狭かった視界が少しだけ明るくなった気がした。
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