恐怖襲来警報

いろは対抗戦の段


 は組は下級生から上級生までみんな素直に勝利を喜んでいた。食満先輩と善法寺先輩と五十嵐は肩を組んで笑っている。一年生はきり丸を中心にしてはしゃいでいる。時友は金吾に手を引かれて、その輪の中に入れられていた。俺を散々追いかけまわした斉藤さんは一年を見ながら肩をぶつけてはしゃいでいる五六年生を見て笑っていたが、敬助に手を引かれ、軽く体当たりをされて巻き込まれていた。三年生は顔を見合わせて呆れたような笑顔を浮かべていたが、それぞれ無邪気に笑う乱太郎とにやりと笑った兵太夫に手を引かれて一年生の輪の中に入れられた。
 三郎は呆れ顔でそれを見ていて、不破は嬉しそうだった。中在家先輩は不破曰く上機嫌で、七松先輩もやられたな、と悔しがりながらも笑っていた。
 俺も何だか嬉しかった。負けたはずなのにすごいよなぁ、と思う。負けた奴をこんな気持ちにさせるのは、は組の力だと思う。
「ところで、伊作君、五十嵐のこと怒らないんだな」
 七松先輩が中在家先輩に言った。そこで俺は漸く気付く。勝利の余韻で酔っているため気付いてなさそうだが、五十嵐の制服は乾いた血で黒く染まっている。相当出血しているはずだ。
 少なくとも、善法寺先輩が黙っていられる怪我ではないだろう。その善法寺先輩はと言うと、斉藤さんと何やら言い合って笑っている。気付いていないらしい。
「……気付いていないのだろう」
 中在家先輩が溜息を吐いたその時だった。
「先輩、血……」
 三反田が五十嵐先輩の腕を指さす。そこからは、ぽたりぽたりと血が滴り落ちていた。
「伊勢ー、あんなに無茶するなって言ったのにーっ」
 善法寺先輩の絶叫が響いた。


 慌てる伊作を前に、私は呆れ顔を作った。
「善法寺先輩が鉢屋を片付けてくれないからですよ」
「い組に久々知に尾浜も片付けたのに、これ以上は無理だよ」
 伊作は包帯を圧迫すると、私の手を引いた。
「とにかく、伊勢は医務室っ。ただでは帰さないからね」
 伊作にしてはきつい口調でそう言って、走りだそうとしたが、その前に三反田の方を向いて微笑んだ。
「止血してくれたのは数馬かな? よくできているよ。ありがとう」
 伊作に手を引かれて医務室に向かおうと足を動かした時だった。肩に大きな手がのせられる。私は素直に振り返った。
「あー、五十嵐、俺からも少し話がある」
 食満先輩の釣り目ってこんなに怖かっただろうか。
「無茶はしないって約束だったよなぁ」
「えっ、はい」
 無茶はしない言う約束の下、私は先輩方に作戦の全容を知らせなかった。私はどもりつつも何とかそう答えた。
「あの時、ちゃんと返事したよな」
「しました」
 食満先輩と目が合わせられない。
「伊作、手当てしたら長屋つれて来い」
「そうだねぇ。留三郎に怒って貰わないと」
 伊作の呑気な笑い声が聞こえた。しかし、それを言及する余裕は欠片もない。
 食満先輩に怒られたことはない。先輩は精々私を諌めるぐらいだった。普段あまり怒らない人を怒らせると酷いことになるということは、誰よりも私が知っている。しかも、食満先輩は私にそれを叩きこんだ人の同室だ。
 そんな真っ白になった私の頭の中に、笑い声が響いてきた。笑い声の聞こえた方向を見る。黒木だ。
 可愛い後輩は、私の窮地が愉快で愉快で仕方がないらしい。
「笑うな、黒木」
 キッと睨みつけてやったが、黒木をさらなる笑いの渦に突き落とすことしかできなかった。覚えてろよ、と思いながら私は伊作に手を引かれて医務室に向かった。
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