アホのは組

女装少年の段


 咄嗟の気配と手裏剣。それを打ち返しながら後退した。それが悪かった。私の後ろには落とし穴があった。私は落下しながらも、苦無を振り回し、穴の中に投げられる手裏剣を土壁に突き刺していく。先に落とした不運な人間を絶対に下敷きにしてしまうだろう、と思っていたが、予想は裏切られた。
 強い力で抱きとめられる。暖かい腕と鳴り響く冷たい金属音。そして、すぐに眠気に襲われる。
「伊勢、これ吸って」
 強い匂いのする冷たい布が顔に押し当てられた。覚醒していく頭と目の前に広がる世界を見て、漸く自分が善法寺伊作に抱きとめられたこと、彼が全ての暗器を打ち返してくれたこと、自分の睡眠薬を破ったことを理解する。
「伊勢、鉤縄持ってる?」
「勿論」
 鉤縄を僅かに見える太い枝に引っ掛ける。自分で作ったのだから、抜けられるのは当然だ。鉤縄を急いで登ると、そこでは食満先輩と多数の忍者がいた。
「食満先輩、鉤縄を守っていただいたことを感謝します」
「留三郎、何が起こってる?」
 這い上がって来た善法寺先輩がそう尋ねた。
「見ての通りだ。どうやら、俺たちは狙われてるらしいぜ」
 好戦的な食満先輩は楽しそうだ。
「実習は一旦休止ですか」
「当然だ」
 食満先輩は鉄双節棍を振り回しながら言った。
「お前ら俺から離れていろよ」
「ええ、離れますよ。食満先輩はご自由に戦って下さい」
 何が楽しくて、遠心力のついた鉄双節棍の近くにいないといけないのだろうか。私は善法寺先輩と一緒に、食満先輩から距離をとった。
「伊勢、伊勢は後ろに下がっていなよ」
 背を向け合いながら、じりじりと敵と対面している最中に、善法寺先輩が言った。
 アホか。
「善法寺先輩こそ、後ろで敵の手当てでもしていればいいじゃないですか」
 苦無を使って共闘することになるとは思わなかった。五年間、ほとんど会わなかったのに関わらず、息がぴったり合う理由は分かっている。
 誰よりもお互いが。
 手裏剣を打ち返し、苦無をぶつけながら足蹴りしたその時だった。ひやりとした感覚がした。それは直感。
 私は周囲の的を回し蹴りをすると、跳躍した。上から忍者が降りてくる。彼らの狙いは、私よりも動きの劣る善法寺先輩。目の前のことに集中している彼を上から襲う気だったのだろう。
 そうはさせない。
 私は苦無を振りまわし、頸動脈をかき切っていった。私は彼らが着地する前に、全員を殺したつもりだった。
「伊勢っ」
 血の雨が降る。一人だけ殺り残した忍者の苦無が肩に食い込んだ。苦無に薬が塗ってあることに私は直観的に気付き、薬が効く前に喉元に苦無を突き刺した。
 殺ったことを確認すると、苦無を抜き、善法寺先輩の横に着地をすると敵を回し蹴りをした。
 頭がくらくらする。毒が回っているのだ。私はそれでも無我夢中に苦無を振り回した。血の雨のせいか、毒のせいか、視界は赤くぼやけて見えた。
「伊勢、落ち着いて、もう大丈夫だから」
 後ろから抱えられるように止められて、漸く片がついたことに気付いた。後ろから大きな風呂敷をかけられ、横にされる。赤い視界の中で、涙を浮かべた顔が見えた。ああ、誰に泣かされたの、とそう尋ねて涙を拭いた記憶が蘇える。
「何してるんだ、ヘタレ伊作」
 それを壊したのは蔑んだような声。私は我に返った。
「死ねよ、い組」
 潮江先輩か立花先輩かは分からない。ただ、食満先輩でないことだけは確かだ。私はどちらかの服を掴んで、毒に犯された体から力を振り絞って睨みつけた。
「次に私の目の前で侮辱してみろ。呪い殺してや……」
 服が強く引っ張られる。しかし、私は離さなかった。手首に力を入れているせいか、手首からだくだくと血が溢れ出た。
「潮江、五十嵐から離れろ。伊作、お前はやるべきことをやれ。お前にしかできないことがあるはずだ」
 食満先輩の声がして、額に手が置かれた。
「よく頑張ったな、五十嵐」
 食満先輩は分かっている。あの人は知っている。
「ところで、伊作、お前とその"女"はどういう関係だ?」
 薄れゆく意識の中で、最後に聞こえたのは立花先輩の声だった。
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