女装少年の涙

天女様と王様の段


 夢のような現実にはもう一人の私がいた。目の前には女の子がいて、私は忍び刀を持っていた。忍び刀からは鮮血が滴り落ちていた。
 くの一でもない、普通の女の子。
 私が"忍術学園のために"殺した女の子。
 私は一人ぼっちだった。一人で食事をとる。誰とも喋らずに一日が終わる。兄も、食満先輩も、鉢屋も、竹谷も、みんなみんな私がいないかのように振舞っていた。みんな、突然現れた菅井紫音という少女に夢中だった。私の心は歪んでいった。今回そうはならなかったのは何故だろう。
「五十嵐、ここ良いか?」
 私がいくら暴言を吐こうとも、私に話しかけてきた奴がいた。楽しく会話なんて一度もしたことがなかったが、私は一人ぼっちにはならなかった。
 そして、私の話を聞いてくれる人もいた。話したいことだけ喋っている私の話なんて面白いはずがないのに、諏訪は私の話を熱心に聞いてくれた。諏訪が相槌を打つことは滅多になかったが、彼女が私から離れることはなかった。
 だから、きっと優しい気持ちをしていられたんだ。


「あれは悔し泣きだよ、悔し泣き。放っておけば良いんだよ」
 善法寺先輩は明るく笑った。意外だった。この人は人の怪我に敏感で、面倒見が良くて心配性だと思っていた。だから驚いた。
 明るくて少し大雑把なところが五十嵐と重なった。
「要注意なのは声なく涙だけ流している時か、思いっきり声出して泣いている時かな」



 五十嵐伊勢は強い人だ。とても強い人だ。彼女は大川学園の人々を愛していた。それは彼女の話の端々から感じられた。彼女はとても楽しそうに話す。一癖二癖ある先輩、仲の良い同級生、彼女でさえ扱いに困るような後輩、時には気に入らない人たち、みんなみんな彼女は楽しそうに話した。その中でも、彼女と同じ組の二人の先輩の話は一番多くて、彼女も一番楽しそうに話していた。仲の良い二人で、五十嵐は仲の良い二人のことが自慢だったようだ。
 私が尾浜君以外に、唯一名前を覚えることができた二人。
 善法寺伊作君と食満留三郎君。五十嵐は善法寺君のことが大好きで、食満君のことを慕っていた。五十嵐は二人と毎日食事を共にしていた。食満君にはよく稽古をつけてもらって、善法寺君は夜、長屋に様子を見に来ていたらしい。二人はとても仲が良かったらしい。
 私が来るまでは。
 綺麗な満月だった。五十嵐は縁側に座り、小さな点のような月を眺めている。
 表情を欠片も歪めことなく、五十嵐は涙だけを流していた。五十嵐は、二人に敢えて関わらないようにしていたのだろう。それが、関わってしまった。
 そして、仲の良かった二人の喧嘩に、止めに入った彼女に対する暴力。かつての二人のを直接見たことがなく、話でしか聞いたことのなかった私でも、信じられないような光景だった。
 私は厠に行くふりをして五十嵐の後ろを通り過ぎた。向かう先は分かっている。五年の長屋で、この部屋から最も離れた部屋。
「じゃあ、あんたはどうしたいの? 諏訪を殺したいなら殺せば良いさ。私が全力で諏訪を守るけどね」
 五十嵐はそう言ってくれた。そして、ボロボロの体で私を守ってくれた。男の人は嫌い。あの人は特に怖いけど、五十嵐のことを心配して、五十嵐のことを考えている人はあの人だけだ。
 だから、私も勇気を出して……
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